カテゴリー別アーカイブ: ドグラ・マグラ

Dogra Magra (55) (a novel by Kyusaku Yumeno in 1935)

『ドグラ・マグラ』夢野久作(55)

―ヘイ。その時に見ました窓の中の光景は、一生涯忘れようとして忘れられません。そのもようを申しますと、土蔵の二階の片隅に積んでありました空叺で、板張りの真中に四角い寝床のようなものが作ってありまして、その上にオモヨさんの派手な寝巻きや、赤いゆもじが一パイに拡げて引っかぶせてあります。その上に、水の滴るような高島田に結うたオモヨさんの死骸が、丸裸体にして仰向けに寝かしてありまして、その前に、母屋の座敷に据えてありました古い経机が置いてあります。その左側には、お持仏様の真鍮の燭台が立って百匁蝋燭が一本ともれておりまして、右手には学校道具の絵の具や、筆みたようなものが並んでいるように思いましたが、細かい事はよく記憶えませぬ。そうしてそのまん中の若旦那様の前には、昨日石切場で見ました巻物が行儀よく長々と拡げてありました……ヘイ……それは間違い御座いませぬ。たしかに昨日見ました巻物で、端の金襴の模様や心棒(軸)の色に見覚えが御座います。何も書いてない、真白い紙ばかりで御座いましたようで……ヘイ……若旦那様はその巻物の前に向うむきに真直に座って、白絣の寝巻をキチンと着ておられたようで御座いますが、私が覗きますと、どうして気どられたものか静かにこちらをふり向いてニッコリと笑いながら「見てはいかん」という風に手を左右に振られました。

(引用は青空文庫より)

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Dogra Magra (56) (a novel by Kyusaku Yumeno in 1935)

『ドグラ・マグラ』夢野久作(56)

お八代さんも眼をまん丸くしてうなずきながら聞いているようで御座いましたが、そのうちに若旦那はフイと口を噤んで、お八代さんが突きつけている巻物をジイッと見ていられたと思うとイキナリそれを引ったくって、懐中へ深く押込んでしまわれました。するとそれを又お八代さんは無理矢理に引ったくり返したので御座いましたが、あとから考えますと、これが又よくなかったようで……若旦那様は巻物を奪られると気抜けしたようになって、パックリと口を開いたまま、お八代さんの顔をギョロギョロと見ておられましたが、その顔付きの気味のわるかった事……流石のお八代さんも怖ろしさに、身を退いて、ソロソロと立ち上って出て行こうとしました。

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Dogra Magra (54) (a novel by Kyusaku Yumeno in 1935)

『ドグラ・マグラ』夢野久作(54)

するとお八代さんもうなずきまして、土蔵の戸前の処へまわって行きましたが、内側からどうかしてあると見えまして、土戸は微塵も動きません。すると、お八代さんは又うなずいて、すぐ横の母屋の腰板に引っかけてある一間半の梯子を自分で持って来て、土蔵の窓の下にソッと立てかけて、私に登って見よと手真似で云いつけましたが、その顔付きが又、尋常で御座いません。その上に、その窓を仰いで見ておりますと、何かチラチラ灯火がさしている模様で御座います。

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Dogra Magra (57) (a novel by Kyusaku Yumeno in 1935)

『ドグラ・マグラ』夢野久作(57)

―その顔を見ますと、私は思わず水を浴びせられたようにゾッとしました。お八代さんも慄え上ったらしく、無理に振り切って行こうとしますと、若旦那はスックリと立ち上って、縁側を降りかけていたお八代さんの襟髪を、うしろから引っ捉えましたが、そのまま仰向けに曳き倒して、お縁側から庭の上にズルズルと曳きずり卸すと、やはりニコニコと笑いながら、有り合う下駄を取り上げて、お八代さんの頭をサモ気持快さそうに打って打って打ち据えられました。お八代さんは見る見る土のように血の気がなくなって、頭髪がザンバラになって、顔中にダラダラと血を流して土の上に這いまわりながら死に声をあげましたが……それを見ますと私は生きた心が無くなって、ガクガクする膝頭を踏み締め踏み締め腰を抱えて此家へ帰りまして「お医者お医者」と妻に云いながら夜具を冠って慄えておりました。

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Dogra Magra (53) (a novel by Kyusaku Yumeno in 1935)

『ドグラ・マグラ』夢野久作(53)

―するとその態度をジット見て御座った若旦那は、オモヨさんの肩に手をかけたまま中腰になって硝子雨戸越しにそこいらをジロジロと見まわして御座るようでしたが、やがて軒先の夕空を見上げながら、思い出したように白い歯を出して、ニッタリと笑われました。そうして赤い舌を出してペロペロと舌なめずりをさっしゃったようでしたが、その笑顔の青白くて気味の悪う御座いました事というものは、思わずゾッと致しました位で……ヘイ……けれども真逆、それがあのような事の起る前兆とは夢にも思い寄りませなんだ。ただ学問のある人はあのような奇妙な素振りをするものか……と思い思い忙しさに紛れて忘れておりましたような事で……ヘイ……。

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Dogra Magra (52) (a novel by Kyusaku Yumeno in 1935)

『ドグラ・マグラ』夢野久作(52)

―サア私は不思議でならなくなりました。若旦那が何を見て御座るのか、一つ聞いて見ようと思いますと、急いで岩角を降りました。そうしてワザと遠廻りをして、若旦那の前に出てヒョッコリ顔を合わせますと、若旦那は私が近寄りましたのに気もつかれぬ様子で、半開きの巻物を両手に持ったまま、西の方の真赤になった空を見て何かボンヤリと考えて御座るようで御座います。そこで私が咳払いを一つ致しまして「モシ若旦那」と声をかけますと、ビックリさっしゃった様子で、私の顔をツクヅク見ておいでになりましたが「おお、仙五郎か。どうしてここへ来た」と初めて気が附いたようにニッコリ笑われますと、裏向きにして持って御座った巻物を捲き納めながら、グルグルと紐で巻いてしまわれました。

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Dogra Magra (51) (a novel by Kyusaku Yumeno in 1935)

『ドグラ・マグラ』夢野久作(51)

―ところで又、そのあくる日のきょうは今も申します通り、若旦那様とオモヨさんの、お芽出度い日取りになっておりましたので、私共も一昨日から泊り込みで手伝いに参っておりました。オモヨさんも高島田に結うて、草色の振袖に赤襷がけで働いておりましたが、何に致せ容色はあの通り、御先祖の六美様の画像も及ばぬという、もっぱらの評判で御座いますし、それに気質がまことに柔和で、「綺倆千両、気質が千両、あとの千両は婿次第」と子守女が唄うている位で御座いました。

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Dogra Magra (50) (a novel by Kyusaku Yumeno in 1935)

『ドグラ・マグラ』夢野久作(50)

―若旦那様は、温柔しい、口数の尠い御仁で御座いました。直方からこちらへ御座って後というもの、いつも奥座敷で勉強ばっかりして御座ったようですが、雇人や近所の者にも権式を取らしゃらず、まことに評判がよろしゅう御座いました。それに今までは呉家の人と申しましても後家のお八代さんと十七になる娘のオモヨさんと二人切りで、家の中が何となく陰気で御座いましたが、一昨年の春から若旦那が御座らっしゃるようになると、妙なもので、家内がどことなく陽気になりまして、私共も働らき甲斐があるような気持が致して参りましたような訳で……ヘイ……。そのうちに、今年の春になりましてからは又、若旦那様が福岡の高等学校を一番の成績で卒業して、福岡の大学に又やはり一番で這入らっしゃると、そのお祝を兼ねて、若旦那とオモヨさんの祝言があるというような事で、呉さんのお家はもう、何とのう浮き上るようなあんばいで……ヘイ……。

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Dogra Magra (49) (a novel by Kyusaku Yumeno in 1935)

『ドグラ・マグラ』夢野久作(49)

第二回の発作
◆第一参考 戸倉仙五郎の談話
▼聴取日時 大正十五年四月二十六日(所謂、姪之浜の花嫁殺し事件発生当日)午後一時頃―
▼聴取場所 福岡県早良郡姪之浜町二四二七番地、同人自宅に於て―
▼同席者 戸倉仙五郎(呉八代子方常雇農夫、当時五十五歳)―同人妻子数名―余(W氏)―以上―

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Dogra Magra (48) (a novel by Kyusaku Yumeno in 1935)

『ドグラ・マグラ』夢野久作(48)

◆第三参考 松村マツ子女史(福岡市外水茶屋、翠糸女塾主)談
▼同年同月四日 玄洋新報社朝刊切抜抜萃再録
(中略)
けれどもその頃の怨みにしちゃ、チット古過ぎますわねえ。ホホ……。
―ヘエッ、それがあの有名な迷宮事件の呉さんですって?……マアどうしましょう。どうして虹野さんが、呉さんという事が判ったんですか。ヘエ、東京の袋物屋のお神さんに身の上を話していた。只、男の名前だけが判らない……ヘエ、そうですか。どうぞこの事は内証にして下さい。云々。

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Dogra Magra (47) (a novel by Kyusaku Yumeno in 1935)

『ドグラ・マグラ』夢野久作(47)

◆第二参考 呉一郎伯母八代子の談話
▼同所同時刻に於て、呉一郎が外出後―
(中略)
―私の家は只今のところでは遠い親類しか居りませぬので、只今では親身の者と申しましては娘と私と二人切りで御座います。一郎はこれから私の子供分に致しまして、私の力一パイ立派な人間に育て上げて行きたいと存じますが……父無子と位牌子をたよりに、暮すことを思いますと……(涕泣)。

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Dogra Magra (46) (a novel by Kyusaku Yumeno in 1935)

『ドグラ・マグラ』夢野久作(46)

―僕が一番好きなのは語学ですが、その中でも一番面白いのは外国の小説を読むことで、特にその中でもポーと、スチブンソンと、ホーソンが好きです。みんな古いって云いますけど……今に大学に這入ったら精神病を研究してみようかとも思っている位です。ホントウは文科に入って各国の言葉を研究して、母と一緒に父の行衛を探しに行きたいと考えていましたが、父の事に就いては母が極く少しばかりしか話さずに死んでしまいましたのでガッカリしています。

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Dogra Magra (45) (a novel by Kyusaku Yumeno in 1935)

『ドグラ・マグラ』夢野久作(45)

―僕はそれから、奥の方にある狭い室で、木製のバンコ(九州地方の方言。腰掛の事)に腰かけさせられて、巡査部長や刑事から色々な事を訊かれました。けれども、頭が割れるように痛んでいましたのでどんな返事をしたかスッカリ忘れてしまいました。「嘘だろう嘘だろう」って何遍も云われましたから「嘘じゃない嘘じゃない」と云い張った事だけは記憶ていますけれど…………。

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Dogra Magra (44) (a novel by Kyusaku Yumeno in 1935)

『ドグラ・マグラ』夢野久作(44)

―それから警察署で先生(W氏)にお話しましたように変な夢ばかり見ていたのです。僕は夢なんか滅多に見た事はないのに、あの晩はホントに不思議でした。イイエ。人を殺すような夢は見なかったようですけど、汽車が線路から外れてウンウン唸りながら僕を追っかけて来たり、巨大な黒い牛が紫色の長い長い舌を出してギョロギョロと僕を睨んだり、青い青い空のまん中で太陽が真黒な煤煙をドンドン噴き出して転げまわったり、富士山の絶頂が二つに裂けて、真赤な血が洪水のように流れ出して僕の方へ大浪を打って来たりして、とても恐しくて恐しくてたまりませんけど、何故だか足が動かなくなって、いくら逃げようとしても逃げられないのです。その中に家主さんの養鶏所から鶏の啼き声が二三度きこえたように思いましたが、それでも、そんな恐しい夢が、あとからあとからハッキリと見えて来ますので、どうしても醒める事ができません。ですから一所懸命になって苦しがって藻掻いておりますと、そのうちにやっとの思いで眼を開ける事が出来ました。

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Dogra Magra (43) (a novel by Kyusaku Yumeno in 1935)

『ドグラ・マグラ』夢野久作(43)

―それに又、僕は小さい時から方々を引越していたせいか、友達が些いのです。こっちへ来ましても学校友達はあまり出来ませんでしたが、その中に中学の四年になりますと、すぐに一所懸命の思いをして、福岡の六本松の高等学校へ這入りましたら、空気がトテモ綺麗で見晴しが素敵なので嬉しくて嬉しくて堪りませんでした……エエ……そんなに早く試験を受けましたのは直方が嫌いだったからでもありますけど、ホントの事を云いますと、早く大学が卒業したかったんです。そうして母と約束していた父の話を出来るだけ早く聞いてみたいような気持がして仕様がなかったのです……母にはそんな事は云いませんでしたけれども……中学へ入る時もそうだったのです。何故っていうわけはありませんでしたけども……そうしてやっと文科の二年になったばかしのところです(赤面、暗涙)。

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Dogra Magra (41) (a novel by Kyusaku Yumeno in 1935)

『ドグラ・マグラ』夢野久作(41)

―東京で住んでいた処ですか。それは方々に居りましたようです。僕が記憶えているだけでも駒沢や、金杉や、小梅、三本木という順に引越して行きまして、一番おしまいに居た麻布の笄町からこっちへ来たのです。いつでも二階だの、土蔵の中だの、離座敷みたような処だのを二人で間借りをして、そこで母はいろんな刺繍をした細工物を作るのでしたが、それが幾つか出来上りますと、僕を背負って、日本橋伝馬町の近江屋という家に持って行きました。そうするとその家の綺麗にお化粧をしたお神さんが、キット僕にお菓子を呉れました。今でもその家と、お神さんの顔をおぼえております。

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Dogra Magra (42) (a novel by Kyusaku Yumeno in 1935)

『ドグラ・マグラ』夢野久作(42)

―東京から直方へ来たわけは、母が卜筮を立てたんだそうです。「狸穴の先生はよく適中る」って云っていましたから大方、その先生が云ったのでしょう。「お前達親子は東京に居るといつまでも不運だ。きっと何かに呪われているのだから、その厄を落すためには故郷へ帰ったがいい。今年の旅立ちは西の方がいいとこの通り易のオモテに出ている。お前は三碧木星で、菅原道真や市川左団次なぞと同じ星廻りだから、三十四から四十までの間が一番災難の多い大切な時だ。尋ね人は七赤金星で、三碧木星とは相剋だから早く諦めないと大変な事になる。双方の所持品同志でも近くに置くとお互いに傷つけ合おうとする位で、相剋の中でも一番恐ろしい相剋なのだから、忘れても相手の遺品なぞを傍近くに置いてはいけない。そうして四十を越せば平運になって、四十五を越せば人並はずれたいい運が開けて来る」と云ったんだそうです。

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Dogra Magra (40) (a novel by Kyusaku Yumeno in 1935)

『ドグラ・マグラ』夢野久作(40)

それから母は僕を背負って、毎日毎日方々の家を訪ねていたようですが、どっちを向いても山ばかりだったので、毎日毎日帰ろう帰ろうと言って泣いては叱られていたようです。それから又、馬車と汽車に乗って東京へ帰りましてから、山の中で馬車屋が吹いていたのと、おんなじ音のする喇叭を買ってもらった事を記憶しています。

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Dogra Magra (39) (a novel by Kyusaku Yumeno in 1935)

『ドグラ・マグラ』夢野久作(39)

―けれども母が一所懸命で、父の行衛を探しているらしい事は、僕にもよく判りました。僕が四ツか五ツの時だったと思いますが、母と一緒に東京のどこかの大きな停車場から汽車に乗って長い事行くと、今度は馬車に乗って、田圃の中や、山の間の広い道を、どこまでもどこまでも行った事がありました。一度眠ってから眼を醒ましたら、まだ馬車に乗っていた事を記憶えています。そうして夕方、真暗になってから或町の宿屋へ着きました。

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Dogra Magra (38) (a novel by Kyusaku Yumeno in 1935)

『ドグラ・マグラ』夢野久作(38)

―W氏の手記に拠る―
第一回の発作
◆第一参考 呉一郎の談話
▼聴取日時 大正十三年四月二日午后零時半頃。同人母にして、左記女塾の主人たる被害者千世子(三十六歳)の初七日仏事終了後―
▼聴取場所 福岡県鞍手郡直方町日吉町二〇番地ノ二、つくし女塾の二階八畳、呉一郎の自習室兼寝室に於て―
▼同席者 呉一郎(十八歳)被害者千世子の実子、伯母八代子(三十七歳)福岡県早良郡姪の浜町一五八六番地居住、農業―余(W氏)―以上三人―

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Dogra Magra (37) (a novel by Kyusaku Yumeno in 1935)

『ドグラ・マグラ』夢野久作(37)

……この事件は如何なる心理遺伝の爆発に依て生じたものか? その心理遺伝を故意に爆発させた者が居るか居ないか。又、居るとすればどこに居るか。そうしてこの事件に対する若林と吾輩の態度はこの事件の解決に対して、如何なる暗示を投げかけているか……という風にね。併し、よっぽど緊りと褌を締めてかからないと駄目だよ……なぞと脅かしておいて、その間に吾輩は悠々とスコッチを呷り、ハバナを燻そうという寸法だ……ハハン…………。

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Dogra Magra (36) (a novel by Kyusaku Yumeno in 1935)

『ドグラ・マグラ』夢野久作(36)

斯くして事件勃発以後に於ける二人の博士の最初の会見は、この大欠伸によって皮切られたのでありますが、続いて始まる二人の会話が、表面から見ますと何等の隔意もないように思われまするにも拘らず、その裏面には何かしら互いに痛烈な皮肉を含ませて、出来るだけ深刻に相手を脅威すべく火花を散らしている……らしい事にお気が付かれましたならば、この事件の裡面に横たわっている暗流が如何に大きく、且つ、深いものがあるかを御推察になるのに充分であろうと信じまする次第で……。

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