カテゴリー別アーカイブ: ドグラ・マグラ

『ドグラ・マグラ』夢野久作(70)

【字幕】 それから約二個月後の解放治療場に於ける呉一郎(同年九月十日撮影)
【映画】 解放治療場中央の桐の葉にチョイチョイ枯れた処が見える。その周囲の場内の平地の処々に真黒く、墓穴のように砂を掘り返したところが、重なり合って散在している。
(中略)
 舞踏狂の女学生が、呉一郎の背後に在る大きな穴の一つに落ち込んで、両足を空中に振りまわしながら悲鳴をあげた。ほかの患者たちが手を拍って喝采した。

(引用は青空文庫より)

Dogra Magra (69) (a novel by Kyusaku Yumeno in 1935)

『ドグラ・マグラ』夢野久作(69)

【字幕】 解放治療場に呉一郎が現われた最初の日(大正十五年七月七日撮影)
【映画】 解放治療場のまん中に立った五六本の桐の木の真青な葉が、真夏の光りにヒラヒラと輝いている。
 その東側の入口から八名の狂人が行列を立てて順々に這入って来る。中には不思議そうに、そこいらを見まわしている者もあるが、やがてめいめいに取りどり様々の狂態を初める。
 その一番最後に呉一郎が這入って来る。

(引用は青空文庫より)

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Dogra Magra (68) (a novel by Kyusaku Yumeno in 1935)

『ドグラ・マグラ』夢野久作(68)

【字幕】 呉一郎の精神鑑定=大正十五年五月三日午前九時、福岡地方裁判所応接室に於ける。

(中略)

しかしその中で若林博士だけは眉一つ動かさずに、青白い瞳を冷やかに伏せて、正木博士の横顔を凝視していた。正木博士の表情の中から、人知れず何ものかを探し求めるかのように……。
けれども呉一郎は平気であった。正気を失った人間特有の澄み切った眼付きで、何の苦労もなげに正木博士の顔から視線を外そらすと、すぐ横に突立っている若林博士の長大なフロック姿を下から上の方へソロソロと見上げて行った。

(引用は青空文庫より)

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Dogra Magra (67) (a novel by Kyusaku Yumeno in 1935)

『ドグラ・マグラ』夢野久作(67)

ハッハッハッハッ……。
……どうです諸君。面喰いましたかね。
これが吾輩の遺言書の中の最重要なる一部分なぞいうことは、もういい加減忘れて読んでいたでしょう。悲劇あり。喜劇あり。チャンバラあり。デカモノあり。これに加うるに有難屋の宣伝もありという塩梅で、ずいぶん共にオカカの感心、オビビのビックリに価する、奇妙奇天烈な記録の内容でげしょう。

(引用は青空文庫より)

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Dogra Magra (65) (a novel by Kyusaku Yumeno in 1935)

『ドグラ・マグラ』夢野久作(65)

――ところが軈て十四か五になられた頃であったかと思います。学校の帰りと見えまして、海老茶の袴を穿かれた千世子殿が、風呂敷包みを抱えたままこの方丈に這入って来られまして、唯一人で茶を飲んでおりました私に向って……和尚様……あの御本尊の真黒い仏様の中には美しい絵巻物が這入っておるとの事じゃげなが、ソッと私に見せて下さらぬか……という御話で御座います。

(引用は青空文庫より)

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Dogra Magra (63) (a novel by Kyusaku Yumeno in 1935)

『ドグラ・マグラ』夢野久作(63)

青黛山如月寺縁起(完)

〜あらすじ〜

さらに旅を続けると、ほどなく筑前は姪の浜に理想の土地を見つけ、田畑を求め屋敷を建てる。

寺を建立し青黛山如月寺と名付け、旅で背負ってきた弥勒菩薩の像を本尊として祀り、京都から一行という僧侶を招き住職になってもらう。

呉坪太郎となった虹汀と六美女は和歌を詠み、六美女が紙に書き写した三万枚の「南無阿弥陀仏」は人々に配られる。

延宝七年(1679年)、この因果応報と仏道の物語を一行が書き記す。

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Dogra Magra (62) (a novel by Kyusaku Yumeno in 1935)

『ドグラ・マグラ』夢野久作(62)

青黛山如月寺縁起(4)

〜あらすじ〜

虹汀、六美女、馬子の若者は、荷物を運ぶ四頭の馬と供に東を目指して旅立つ。

しばらくして後方から、雲井喜三郎が引き連れる数十人の捕吏たちが押し寄せるが、虹汀は竹の杖で次々に相手を気絶させる。

仏道に入り心を改めるよう諭すが、喜三郎は刀を手に襲いかかってくる。

眉間に杖で一撃された喜三郎は、雪を赤く染めて息絶える。

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Dogra Magra (61) (a novel by Kyusaku Yumeno in 1935)

『ドグラ・マグラ』夢野久作(61)

青黛山如月寺縁起(3)

〜あらすじ〜

秋の収穫も終わった頃、唐津藩の家老の三男である雲井喜三郎が六美女の家に押しかけ、酒乱状態になる。

逃げてきた六美女が海辺で虹汀に出会う。

追いかけてきた雲井喜三郎が虹汀に一喝され、崖から足をすべらせ海に落ちる。

六美女と虹汀が家に戻ると乳母が殺されていた。

虹汀は因縁の巻物を燃やし、呉家に婿入りすることを決める。

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Dogra Magra (59) (a novel by Kyusaku Yumeno in 1935)

『ドグラ・マグラ』夢野久作(59)

青黛山如月寺縁起(1)

〜あらすじ〜

時は慶安、京都の茶舗の息子である坪太郎が長じて出家し、西へ旅すること一年。

名を虹汀と改め、ある月夜に虹の松原を歩いていると、海に身を投げようとする娘、六美女に出会う。

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Dogra Magra (55) (a novel by Kyusaku Yumeno in 1935)

『ドグラ・マグラ』夢野久作(55)

―ヘイ。その時に見ました窓の中の光景は、一生涯忘れようとして忘れられません。そのもようを申しますと、土蔵の二階の片隅に積んでありました空叺で、板張りの真中に四角い寝床のようなものが作ってありまして、その上にオモヨさんの派手な寝巻きや、赤いゆもじが一パイに拡げて引っかぶせてあります。その上に、水の滴るような高島田に結うたオモヨさんの死骸が、丸裸体にして仰向けに寝かしてありまして、その前に、母屋の座敷に据えてありました古い経机が置いてあります。その左側には、お持仏様の真鍮の燭台が立って百匁蝋燭が一本ともれておりまして、右手には学校道具の絵の具や、筆みたようなものが並んでいるように思いましたが、細かい事はよく記憶えませぬ。そうしてそのまん中の若旦那様の前には、昨日石切場で見ました巻物が行儀よく長々と拡げてありました……ヘイ……それは間違い御座いませぬ。たしかに昨日見ました巻物で、端の金襴の模様や心棒(軸)の色に見覚えが御座います。何も書いてない、真白い紙ばかりで御座いましたようで……ヘイ……若旦那様はその巻物の前に向うむきに真直に座って、白絣の寝巻をキチンと着ておられたようで御座いますが、私が覗きますと、どうして気どられたものか静かにこちらをふり向いてニッコリと笑いながら「見てはいかん」という風に手を左右に振られました。

(引用は青空文庫より)

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Dogra Magra (56) (a novel by Kyusaku Yumeno in 1935)

『ドグラ・マグラ』夢野久作(56)

お八代さんも眼をまん丸くしてうなずきながら聞いているようで御座いましたが、そのうちに若旦那はフイと口を噤んで、お八代さんが突きつけている巻物をジイッと見ていられたと思うとイキナリそれを引ったくって、懐中へ深く押込んでしまわれました。するとそれを又お八代さんは無理矢理に引ったくり返したので御座いましたが、あとから考えますと、これが又よくなかったようで……若旦那様は巻物を奪られると気抜けしたようになって、パックリと口を開いたまま、お八代さんの顔をギョロギョロと見ておられましたが、その顔付きの気味のわるかった事……流石のお八代さんも怖ろしさに、身を退いて、ソロソロと立ち上って出て行こうとしました。

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Dogra Magra (54) (a novel by Kyusaku Yumeno in 1935)

『ドグラ・マグラ』夢野久作(54)

するとお八代さんもうなずきまして、土蔵の戸前の処へまわって行きましたが、内側からどうかしてあると見えまして、土戸は微塵も動きません。すると、お八代さんは又うなずいて、すぐ横の母屋の腰板に引っかけてある一間半の梯子を自分で持って来て、土蔵の窓の下にソッと立てかけて、私に登って見よと手真似で云いつけましたが、その顔付きが又、尋常で御座いません。その上に、その窓を仰いで見ておりますと、何かチラチラ灯火がさしている模様で御座います。

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Dogra Magra (57) (a novel by Kyusaku Yumeno in 1935)

『ドグラ・マグラ』夢野久作(57)

―その顔を見ますと、私は思わず水を浴びせられたようにゾッとしました。お八代さんも慄え上ったらしく、無理に振り切って行こうとしますと、若旦那はスックリと立ち上って、縁側を降りかけていたお八代さんの襟髪を、うしろから引っ捉えましたが、そのまま仰向けに曳き倒して、お縁側から庭の上にズルズルと曳きずり卸すと、やはりニコニコと笑いながら、有り合う下駄を取り上げて、お八代さんの頭をサモ気持快さそうに打って打って打ち据えられました。お八代さんは見る見る土のように血の気がなくなって、頭髪がザンバラになって、顔中にダラダラと血を流して土の上に這いまわりながら死に声をあげましたが……それを見ますと私は生きた心が無くなって、ガクガクする膝頭を踏み締め踏み締め腰を抱えて此家へ帰りまして「お医者お医者」と妻に云いながら夜具を冠って慄えておりました。

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Dogra Magra (53) (a novel by Kyusaku Yumeno in 1935)

『ドグラ・マグラ』夢野久作(53)

―するとその態度をジット見て御座った若旦那は、オモヨさんの肩に手をかけたまま中腰になって硝子雨戸越しにそこいらをジロジロと見まわして御座るようでしたが、やがて軒先の夕空を見上げながら、思い出したように白い歯を出して、ニッタリと笑われました。そうして赤い舌を出してペロペロと舌なめずりをさっしゃったようでしたが、その笑顔の青白くて気味の悪う御座いました事というものは、思わずゾッと致しました位で……ヘイ……けれども真逆、それがあのような事の起る前兆とは夢にも思い寄りませなんだ。ただ学問のある人はあのような奇妙な素振りをするものか……と思い思い忙しさに紛れて忘れておりましたような事で……ヘイ……。

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Dogra Magra (52) (a novel by Kyusaku Yumeno in 1935)

『ドグラ・マグラ』夢野久作(52)

―サア私は不思議でならなくなりました。若旦那が何を見て御座るのか、一つ聞いて見ようと思いますと、急いで岩角を降りました。そうしてワザと遠廻りをして、若旦那の前に出てヒョッコリ顔を合わせますと、若旦那は私が近寄りましたのに気もつかれぬ様子で、半開きの巻物を両手に持ったまま、西の方の真赤になった空を見て何かボンヤリと考えて御座るようで御座います。そこで私が咳払いを一つ致しまして「モシ若旦那」と声をかけますと、ビックリさっしゃった様子で、私の顔をツクヅク見ておいでになりましたが「おお、仙五郎か。どうしてここへ来た」と初めて気が附いたようにニッコリ笑われますと、裏向きにして持って御座った巻物を捲き納めながら、グルグルと紐で巻いてしまわれました。

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Dogra Magra (51) (a novel by Kyusaku Yumeno in 1935)

『ドグラ・マグラ』夢野久作(51)

―ところで又、そのあくる日のきょうは今も申します通り、若旦那様とオモヨさんの、お芽出度い日取りになっておりましたので、私共も一昨日から泊り込みで手伝いに参っておりました。オモヨさんも高島田に結うて、草色の振袖に赤襷がけで働いておりましたが、何に致せ容色はあの通り、御先祖の六美様の画像も及ばぬという、もっぱらの評判で御座いますし、それに気質がまことに柔和で、「綺倆千両、気質が千両、あとの千両は婿次第」と子守女が唄うている位で御座いました。

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Dogra Magra (50) (a novel by Kyusaku Yumeno in 1935)

『ドグラ・マグラ』夢野久作(50)

―若旦那様は、温柔しい、口数の尠い御仁で御座いました。直方からこちらへ御座って後というもの、いつも奥座敷で勉強ばっかりして御座ったようですが、雇人や近所の者にも権式を取らしゃらず、まことに評判がよろしゅう御座いました。それに今までは呉家の人と申しましても後家のお八代さんと十七になる娘のオモヨさんと二人切りで、家の中が何となく陰気で御座いましたが、一昨年の春から若旦那が御座らっしゃるようになると、妙なもので、家内がどことなく陽気になりまして、私共も働らき甲斐があるような気持が致して参りましたような訳で……ヘイ……。そのうちに、今年の春になりましてからは又、若旦那様が福岡の高等学校を一番の成績で卒業して、福岡の大学に又やはり一番で這入らっしゃると、そのお祝を兼ねて、若旦那とオモヨさんの祝言があるというような事で、呉さんのお家はもう、何とのう浮き上るようなあんばいで……ヘイ……。

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Dogra Magra (49) (a novel by Kyusaku Yumeno in 1935)

『ドグラ・マグラ』夢野久作(49)

第二回の発作
◆第一参考 戸倉仙五郎の談話
▼聴取日時 大正十五年四月二十六日(所謂、姪之浜の花嫁殺し事件発生当日)午後一時頃―
▼聴取場所 福岡県早良郡姪之浜町二四二七番地、同人自宅に於て―
▼同席者 戸倉仙五郎(呉八代子方常雇農夫、当時五十五歳)―同人妻子数名―余(W氏)―以上―

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Dogra Magra (48) (a novel by Kyusaku Yumeno in 1935)

『ドグラ・マグラ』夢野久作(48)

◆第三参考 松村マツ子女史(福岡市外水茶屋、翠糸女塾主)談
▼同年同月四日 玄洋新報社朝刊切抜抜萃再録
(中略)
けれどもその頃の怨みにしちゃ、チット古過ぎますわねえ。ホホ……。
―ヘエッ、それがあの有名な迷宮事件の呉さんですって?……マアどうしましょう。どうして虹野さんが、呉さんという事が判ったんですか。ヘエ、東京の袋物屋のお神さんに身の上を話していた。只、男の名前だけが判らない……ヘエ、そうですか。どうぞこの事は内証にして下さい。云々。

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