ドグラ・マグラの擬古文
ドグラ・マグラの世界を絵にする試みは、
「青黛山如月寺縁起」で立ち往生している。
下記のような文体がずーっと続くのですが、
チンプンカンプンで…。
晨に金光を鏤めし満目の雪、
夕には濁水と化して河海に落滅す。
今宵銀燭を列ねし栄耀の花、
暁には塵芥となつて泥土に委す。
三界は波上の紋、一生は空裡の虹とかや。
況んや一旦の悪因縁を結んで念々に解きやらず。
生きては地獄の転変に堕在し、
叫喚鬼畜の相を現し、
死しては悪果を子孫に伝へて
業報永劫の苛責に狂はしむ。
その懼怖、その苦患、
何にたとへ、何にたくらべむ。
これは作中に出てくる如月寺というお寺の
縁起(寺の沿革のこと)の冒頭部分ですが、
このような文体を「擬古文」というらしい。
しょうがないのでChatGPTに現代語訳してもらった。
それがこれ。
朝(あした)には金色に輝く光が
雪の一面にきらめいているが、
夕方になればそれも濁った水となって
川や海に流れ去ってしまう。
今宵の華やかに灯された銀の燭台の光景も、
夜が明ければ塵や芥(あくた)となって
泥の中にまみれていく。
この世(=三界)は、
水面に浮かぶ一時の模様にすぎず、
人の一生もまた、
空に消える虹のようなものだという。
ましてや、一度でも
「悪しき因縁」を結んでしまえば、
その報いは思念に残って晴れることなく、
生きているうちは地獄の苦しみに落ちて、
鬼や獣のような姿を現しながら苦悩にあえぎ、
死してはその悪果を子孫にまで伝えて、
果てしない業の報いに苦しみ続けることになる。
その恐ろしさや、その苦しみを、
一体何にたとえることができよう
そうなのか…、だいぶ分かりやすくなりました。