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『ドグラ・マグラ』夢野久作(63)

青黛山如月寺縁起(完)

さらに旅を続けると、ほどなく筑前は姪の浜に理想の土地を見つけ、田畑を求め屋敷を建てる。

寺を建立し青黛山如月寺と名付け、旅で背負ってきた弥勒菩薩の像を本尊として祀り、京都から一行という僧侶を招き住職になってもらう。

呉坪太郎となった虹汀と六美女は和歌を詠み、六美女が紙に書き写した三万枚の「南無阿弥陀仏」は人々に配られる。

延宝七年(1679年)、この因果応報と仏道の物語を一行が書き記す。

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Dogra Magra (62) (a novel by Kyusaku Yumeno in 1935)

『ドグラ・マグラ』夢野久作(62)

青黛山如月寺縁起(4)

虹汀、六美女、馬子の若者は、荷物を運ぶ四頭の馬と供に東を目指して旅立つ。

しばらくして後方から、雲井喜三郎が引き連れる数十人の捕吏たちが押し寄せるが、虹汀は竹の杖で次々に相手を気絶させる。

仏道に入り心を改めるよう諭すが、喜三郎は刀を手に襲いかかってくる。

眉間に杖で一撃された喜三郎は、雪を赤く染めて息絶える。

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Dogra Magra (61) (a novel by Kyusaku Yumeno in 1935)

『ドグラ・マグラ』夢野久作(61)

青黛山如月寺縁起(3)

秋の収穫も終わった頃、唐津藩の家老の三男である雲井喜三郎が六美女の家に押しかけ、酒乱状態になる。

逃げてきた六美女が海辺で虹汀に出会う。

追いかけてきた雲井喜三郎が虹汀に一喝され、崖から足をすべらせ海に落ちる。

六美女と虹汀が家に戻ると乳母が殺されていた。

虹汀は因縁の巻物を燃やし、呉家に婿入りすることを決める。

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Dogra Magra (59) (a novel by Kyusaku Yumeno in 1935)

『ドグラ・マグラ』夢野久作(59)

青黛山如月寺縁起(1)

時は慶安、京都の茶舗の息子である坪太郎が長じて出家し、西へ旅すること一年。

名を虹汀と改め、ある月夜に虹の松原を歩いていると、海に身を投げようとする娘、六美女に出会う。

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ドグラ・マグラの擬古文

ドグラ・マグラの世界を絵にする試みは、
「青黛山如月寺縁起」で立ち往生している。
下記のような文体がずーっと続くのですが、
チンプンカンプンで…。

晨に金光を鏤めし満目の雪、
夕には濁水と化して河海に落滅す。
今宵銀燭を列ねし栄耀の花、
暁には塵芥となつて泥土に委す。
三界は波上の紋、一生は空裡の虹とかや。
況んや一旦の悪因縁を結んで念々に解きやらず。
生きては地獄の転変に堕在し、
叫喚鬼畜の相を現し、
死しては悪果を子孫に伝へて
業報永劫の苛責に狂はしむ。
その懼怖、その苦患、
何にたとへ、何にたくらべむ。

これは作中に出てくる如月寺というお寺の
縁起(寺の沿革のこと)の冒頭部分ですが、
このような文体を「擬古文」というらしい。
しょうがないのでChatGPTに現代語訳してもらった。
それがこれ。

朝(あした)には金色に輝く光が
雪の一面にきらめいているが、
夕方になればそれも濁った水となって
川や海に流れ去ってしまう。
今宵の華やかに灯された銀の燭台の光景も、
夜が明ければ塵や芥(あくた)となって
泥の中にまみれていく。

この世(=三界)は、
水面に浮かぶ一時の模様にすぎず、
人の一生もまた、
空に消える虹のようなものだという。

ましてや、一度でも
「悪しき因縁」を結んでしまえば、
その報いは思念に残って晴れることなく、
生きているうちは地獄の苦しみに落ちて、
鬼や獣のような姿を現しながら苦悩にあえぎ、
死してはその悪果を子孫にまで伝えて、
果てしない業の報いに苦しみ続けることになる。

その恐ろしさや、その苦しみを、
一体何にたとえることができよう

そうなのか…、だいぶ分かりやすくなりました。

Dogra Magra (55) (a novel by Kyusaku Yumeno in 1935)

『ドグラ・マグラ』夢野久作(55)

―ヘイ。その時に見ました窓の中の光景は、一生涯忘れようとして忘れられません。そのもようを申しますと、土蔵の二階の片隅に積んでありました空叺で、板張りの真中に四角い寝床のようなものが作ってありまして、その上にオモヨさんの派手な寝巻きや、赤いゆもじが一パイに拡げて引っかぶせてあります。その上に、水の滴るような高島田に結うたオモヨさんの死骸が、丸裸体にして仰向けに寝かしてありまして、その前に、母屋の座敷に据えてありました古い経机が置いてあります。その左側には、お持仏様の真鍮の燭台が立って百匁蝋燭が一本ともれておりまして、右手には学校道具の絵の具や、筆みたようなものが並んでいるように思いましたが、細かい事はよく記憶えませぬ。そうしてそのまん中の若旦那様の前には、昨日石切場で見ました巻物が行儀よく長々と拡げてありました……ヘイ……それは間違い御座いませぬ。たしかに昨日見ました巻物で、端の金襴の模様や心棒(軸)の色に見覚えが御座います。何も書いてない、真白い紙ばかりで御座いましたようで……ヘイ……若旦那様はその巻物の前に向うむきに真直に座って、白絣の寝巻をキチンと着ておられたようで御座いますが、私が覗きますと、どうして気どられたものか静かにこちらをふり向いてニッコリと笑いながら「見てはいかん」という風に手を左右に振られました。

(引用は青空文庫より)

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Instagram and sweaty hands

インスタグラムと手の汗

昨年の11月からインスタグラムを開いていない。インスタのロゴを見るだけで、手に汗をかいてしまう。先日、まちがって1秒くらい開いてしまい、心臓がドッキンドッキンして、あー、こりゃまだインスタ戻れないわ…となった。

Petit research for Japanese novel “Dogura Magura” (3) (about medical devices in 1920s)

夢野久作の小説『ドグラ・マグラ』の絵を描くためのプチリサーチ(3)

若林博士が真夜中の屍体解剖室で、奇怪な死体偽造工作をする場面があります。私にはあまり馴染みのない医療用具がいくつか登場するので、実物を見てみたいと検索して見つけたのが、医療機器を専門に展示している『印西市立印旛医科器械歴史資料館』です。江戸後期から昭和まで、1000点を超える収蔵品で世界有数の規模を誇り、全国から人が来るそうです。

私が訪れた時はほとんど来館者がいなかったので、古い医療器具が所狭しと置かれている静かな館内(元々消防署だった建物で、微妙にレトロで年季が入っている)をじっくりと見て回れました。

今回確認したいのは「大理石の解剖台」「シンメルブッシュ」「喇叭型聴診器」の3点です。小説の舞台は大正15年(1926)なので、それくらいの時期に使われていた物である必要があります。



◎大理石の解剖台

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まず第一に視神経を吸い寄せられまするのは、部屋の中央を楕円形に区切って、気味の悪い野白色の光りを放っている解剖台で御座います。この解剖台は元来、美事な白大理石で出来ているので御座いますが、今日までにこの上で数知れず処分されました死人の血とか、脂肪とか、垢とかいうものが少しずつ少しずつ大理石の肌目に浸み込んで、斯様な陰気な色に変化してしまったもので御座います。

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第二展示室の中でひときわ目を引く大きな解剖台は、小説の描写通り白大理石で出来ています。天面に空いている穴が生々しいです。製造年は「大正初期輸入」と説明板に書いてあるので時期も合っています。どの国から輸入されたのかは、分かる説明員さんがその時はいなかったので確認することができませんでした。提供元である倉敷中央病院は、大正12年(1923年)に創設されたそうです。小説では解剖台の形は「楕円形」とありますが、こちらは中央がくびれている「ひょうたん型」です。これに似た形状の解剖台が、1890年頃のニューヨークの死体安置所の写真に写っているのを見つけました。「野白色」とはどのような色でしょうか。調べても分かりませんでしたが、私のイメージは「古い増女の能面の色」という感じです。この解剖台は特に陰気な色には見えませんでしたが。



◎シンメルブッシュ

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その解剖台上に投げ出された、黒い、凹字型の木枕に近く、映画面の左手に当ってギラギラと眼も眩むほど輝いておりますのは背の高い円筒形、ニッケル鍍金の湯沸器(シンメルブッシュ)で御座います。これは特別註文の品でも御座いましょうか、欧洲中世紀の巨大な寺院、もしくは牢獄の模型とも見える円筒型の塔の無数の窓から、糸のような水蒸気がシミジミと洩れ出している光景は、何かしらこの世ならぬ場面を聯想させるに充分で御座います。

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写真中央の器具がシンメルブッシュです。確かに円筒型の塔のようで、スチームパンクの世界に出てきそうな造形です。説明板には「シンメルブッシュ氏 蒸気消毒器 製造:34年頃 製造元:泉工医科工業(株)」と書いてあります(泉工医科工業のホームページを見ると、前身の青木器械店の創業は1940年と書いてあり、今のところ製造年代不明ですが)。資料館のホームページによると、シンメルブッシュとは煮沸で手術器具などを消毒する製品で、1800年代後半のドイツの外科医シンメルブッシュが考案したそうです。





◎喇叭型聴診器

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……と……やがて突然、吾に帰ったようにハッとして、誰も居ない筈の部屋の中をグルリと見廻しました若林博士は、黒装束の右のポケットに手を突込んで、何やら探し索めているようで御座いましたが、そのうちにフト又、思い出したように寝棺の箱に近付いて、美しく堆積した着物の下から、子供の玩具ほどの大きさをした黒い、喇叭型の筒を一本取り出しました。これはこの節の医者は余り用いませぬ旧式の聴診器で、人体内の極く微細な音響まで聴き取ろうと致します場合には、現今のゴム管式のものよりもこちらの方が有利なので御座います。

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若林博士がポケットから取り出した黒い喇叭型聴診器とは、写真中央のようなものだったのでしょうか。説明板には「榎本式産科聴診器 大正15年」と書いてあります。または「トラウベ式」ともいい、フランスの医師ルネ・ラエンネック(1781〜1826)が発明した聴診器の原型に、ドイツの医師ルードヴィッヒ・トラウベ(1818〜1876)が使いやすく携帯に便利なように改良したものだそうです。「この節の医者は余り用いませぬ旧式の聴診器で」とか「現今のゴム管式のものよりも」と上記の引用文にもあるように、大正末期には両耳式のタイプが既に普及していたようです。


他にもドグラ・マグラの世界を想像するのに役立ちそうな大正時代(または昭和初期)の医療器具が展示されていました。下記はその一部です。

↑足踏式の加里(カリ)石鹸容器
高身長の若林博士が背中を丸めてこの器具から液体石鹸を取り、黙々と手を洗う光景を想像したりします。

↑明治〜大正時代の顕微鏡
全てカールツァイス社製。左から、明治40年、明治45年、大正8年、大正初期、大正末期。他に、ライツ社の顕微鏡をモデルに作られた大正初期の国産「エム・カテラ」も。この時代の顕微鏡は、ドイツから輸入されたものが多かったのですね。正木博士は価格の高いドイツ製、若林博士は国産を使っていたのでしょうか。

↑大正時代中期にドイツから輸入された顕微鏡写真装置。

↑手術室で使う無影照明灯。

↑大正末期〜昭和初期の手術台。

↑大正時代の吸入器。アルコールランプで発生させた蒸気で薬液を喉に噴霧するそうです。

↑肺結核治療に使う人工気胸器。大正末期〜昭和初期のもの。結核を患っていた若林博士はこのような機器を使用したのでしょうか。

↑明治末期から大正初期の応急用ガソリン灯。

↑手前は野戦病院などで使われたもの。この中に医療品を入れて馬に背負わせて移動したそうです。大正4年(1915年)発売。第一次世界大戦で使用されたのでしょうか。

↑私の絵。資料館で見た大理石の解剖台、シンメルブッシュ、加里石鹸容器を投入。



印西市立印旛医科器械歴史資料館
千葉県印西市舞姫1丁目1−1
※写真撮影を希望する場合は、事前にメールなどで許可を取る必要があります。

“Asakusa Labyrinth” and Asakusa Underground Street

『浅草ラビリンス』と浅草地下商店街

ラビリンスをテーマにZINEを作るから数ページ描かないかと言われ、『浅草ラビリンス』というタイトルの一連の鉛筆画をものすごーくスローに進めていたところ、ZINEのテーマがラビリンスじゃなくなってしまい、しかも3、4ページにするはずが16ページになってしまいました。

ギリシャ神話に出てくるラビリンスは、ミノタウロスが閉じ込められた迷宮です。中に入った青年テセウスを、ミノス王の娘アリアドネーが糸を使い脱出の手助けをします。

私の「ラビリンス」では、舞台を浅草地下商店街にしました。1955年に開業されたという時間の積み重なりが個人商店の活気と混じりあい、凝縮されているような場所です。それほど広くない空間ですが、汚れた配管や電気系統のコードが無秩序に張りめぐされていて「迷宮」の雰囲気が漂っており、戦後の煤けた空気がひび割れた床や古ぼけた壁、立ち入り禁止区画の暗闇に、いまだに潜んでいるかのようです。

年末年始にちょっと体調を崩して軽い鬱状態にもなったせいか、床の点々模様や壁の染みなどを描いているととても落ち着きました(こう書いたら、エドワード・ゴーリーの本に出てくる壁の染みを舐めて過ごした人を思い出した)。

昨年の秋に絵の資料として浅草地下街に写真を撮りに行ったのですが、その数日後、隅然ヴィム・ヴェンダース監督の『PERFECT DAYS』を観たら、この地下街が出てきて主人公が焼きそばの「福ちゃん」で夕食をとっている場面が出てきて驚きました。私の絵で女の子が働いている店は「福ちゃん」を元にしています。秋とはいえまだまだ暑い最中、少し汗をかきながらいただいた太めの焼きそば、おいしかったよ。

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Eleanor Rigby (inspired by The Beatles song)

『エリナー・リグビー』

ビートルズの曲に着想を得て描くシリーズ31枚目。

どういう絵にしようか考えている時、なぜかカーネル・サンダース人形が置いてあるケンタッキーフライドチキンの店のイメージが出てきたので、マッケンジー神父がそこで「誰も聞かない説教」を書いていることにした。そのうちカーネル・サンダースが手前にいるのが構図的に邪魔になったので(サンダース氏がそんなに目立つ必要ないのでは?)、店内のカウンターに立ってもらうことにした。

聴いていたのは2022年MIXバージョンで、私が高校生の時から聴いていた古いCDよりチェロとバイオリンのストリングスが際立っていたのが印象的だった。エリナー・リグビーやマッケンジー神父より主張が強い「弦楽八重奏」という登場人物のようだ。

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↓カテゴリーのBeatlesをクリックすると、他の絵も見れるよ。

Swimming pool

近所に火力発電所の熱を利用した温水プールがある。そこの2階の見学席に座って、蛍光ペンでスケッチをしてみた。泳いでいる人を描くのは難しいなあ。もうちょっと練習しよう。この蛍光ペンは、プラザで買ったPILOTのスポットライターVWというもので、両端がそれぞれブルーとピンクになっている。見た目のかわいさだけで買いましたが、使い心地も発色も良い。プールを描くのにも向いているような。数分いたら、塩素の匂いに頭がくらくらしてきて離脱。

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Asakusa Labyrinth (3)

『浅草ラビリンス』(3)

一番上のコマの女の人たちは、昔のビールや日本酒の美人画ポスターからとりました。
サクラビール、サッポロビール、エビスビール、キリンビール、カブトビール…。
大正時代の着物の大胆な柄オン柄のセンスが好き。
あと、美人画ポスターのよそ行き的な着物とは全然違うけど、竹久夢二の絵のモデルでもあったお葉さんの写真などで見られるノンシャランな着物の着こなしにとても惹かれる。
(ノンシャランって、フランス語なんだね)

↓参照した本です。

『日本のポスター 明治・大正・昭和』
(三好一/IBCパブリッシング)

『明治・大正・昭和初期 日本ポスター史大図鑑』
(田島奈都子、函館市中央図書館/国書刊行会)

『大正レトロ・昭和モダン広告ポスターの世界』
(姫路市立美術館、凸版印刷印刷博物館/国書刊行会)

『明治・大正・昭和のラベル、ロゴ、ポスター』
(廼地戎雄/誠文堂新光社)

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Asakusa Labyrinth (2)

『浅草ラビリンス』(2)

ラビリンスをテーマにZINEを作るから数ページ描かないかと言われ、ものすごくスローに進めていたところ、ZINEのテーマがラビリンスじゃなくなってしまい宙に浮いてしまったが、このまま行こう。

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