カテゴリー別アーカイブ: 未分類
The One Eternal Day
Grilled rice balls at the old priest’s house on Mount Mitake
奥多摩の御岳山で、よく手入れされた素晴らしい茅葺き屋根の家を見つける。入り口に、おいしそうな焼きおにぎりの写真が貼ってあったので、お腹が空いていたこともありそのまま吸い寄せられるように敷地に入ると、1866年に建てられたという御師の家だった。御師とは、参詣者の宿泊などの世話をしたり祈祷をしたりする神職で、この地域は元々御師の集落だったらしい。その末裔の14代目の方が出てきて、奥に神殿がある広い部屋に通される。ここは東馬場という宿屋、兼茶屋ということだけど、平日の午後ということもあり誰もいなかった。江戸時代のものらしき造り付けの大きい箪笥の前で古い日本家屋の匂いを嗅ぎながら、障子や天井に漂う幕末感にテンションが上がる。この部屋が見てきた時間ー明治時代のある日、大正のある日、昭和のある日、などに想いを馳せながら、このメニューにのっている食事や甘味を全部食べたい…などと食いしん坊なことを考える。出てきた焼きおにぎりは、薄い二等辺三角形のちょっと変わった繊細な形で、ものすごくおいしかった。
The History of Bones by John Lurie
Trees
東京都東大和市にある旧吉岡家住宅にて。「アジサイの枝の断面にインクをつけてスタンプを押してみよう」というコーナーが庭にあったので、アジサイもどきの花と目の前の木を描いた。暑い日だったけど、木の葉の間を通ってきた気持ちの良い風が吹いていた。
ここは日本画家、吉岡堅二が住んでいた明治時代に建てられた家で、年2回一般公開されている。藤田嗣治が戦後この家を訪ねた時に撮影された写真が飾られていた。アトリエの入口の柱の横に座って斜め上を眺めている。私も同じ場所に座って藤田嗣治が見上げている方向を見たら、大きな木が生えていた。
ここで「目の前の木」とか「大きな木」とかしか言葉がでてこないのがもどかしい。もっと木の名前を覚えよう。
Moth
At Mizumoto Park in Tokyo
Mo
Y-junction
最近の散歩で見つけたY字路。
ジャネット・ウィンターソンの小説『さくらんぼの性は』を読み始めたら、次の文章が出てきて「歩かれなかった道」のことをちょっと考えた。
あらゆる旅は、その行間にもう一つの旅を隠している。歩かれなかった道、忘れ去られた曲り角。そういう旅のことを僕は書いておこうと思う。僕が実際にした旅ではなく、したかもしれない旅。あるいは別のとき、別の場所でした旅。
On the bank of the river
A night in the park before the cherry blossom festival
千葉県市川市国府台にある里見公園の夜。
ここは室町時代に合戦があった場所で、大正時代には里見八景園という遊園地、戦争中は陸軍の病院があったそうで、園内には露出した古墳の石棺や国府台城の城跡なども残り、歴史が積み重なって濃密な気配を感じられるところです。
里見八景園のプール跡だという人工滝まで歩きましたが、奥の方は江戸時代みたいに真っ暗で誰もいないし、悲しい声が聞こえる石というのもあるということで、ちょっと、というかかなり怖い。
この日は桜まつりが始まる前夜で、ずらりと並んだ提灯の灯りに大正時代の名残りを感じました。
ドグラ・マグラの擬古文
ドグラ・マグラの世界を絵にする試みは、
「青黛山如月寺縁起」で立ち往生している。
下記のような文体がずーっと続くのですが、
チンプンカンプンで…。
晨に金光を鏤めし満目の雪、
夕には濁水と化して河海に落滅す。
今宵銀燭を列ねし栄耀の花、
暁には塵芥となつて泥土に委す。
三界は波上の紋、一生は空裡の虹とかや。
況んや一旦の悪因縁を結んで念々に解きやらず。
生きては地獄の転変に堕在し、
叫喚鬼畜の相を現し、
死しては悪果を子孫に伝へて
業報永劫の苛責に狂はしむ。
その懼怖、その苦患、
何にたとへ、何にたくらべむ。
これは作中に出てくる如月寺というお寺の
縁起(寺の沿革のこと)の冒頭部分ですが、
このような文体を「擬古文」というらしい。
しょうがないのでChatGPTに現代語訳してもらった。
それがこれ。
朝(あした)には金色に輝く光が
雪の一面にきらめいているが、
夕方になればそれも濁った水となって
川や海に流れ去ってしまう。
今宵の華やかに灯された銀の燭台の光景も、
夜が明ければ塵や芥(あくた)となって
泥の中にまみれていく。
この世(=三界)は、
水面に浮かぶ一時の模様にすぎず、
人の一生もまた、
空に消える虹のようなものだという。
ましてや、一度でも
「悪しき因縁」を結んでしまえば、
その報いは思念に残って晴れることなく、
生きているうちは地獄の苦しみに落ちて、
鬼や獣のような姿を現しながら苦悩にあえぎ、
死してはその悪果を子孫にまで伝えて、
果てしない業の報いに苦しみ続けることになる。
その恐ろしさや、その苦しみを、
一体何にたとえることができよう
そうなのか…、だいぶ分かりやすくなりました。
Instagram and sweaty hands
インスタグラムと手の汗
昨年の11月からインスタグラムを開いていない。インスタのロゴを見るだけで、手に汗をかいてしまう。先日、まちがって1秒くらい開いてしまい、心臓がドッキンドッキンして、あー、こりゃまだインスタ戻れないわ…となった。
Petit research for Japanese novel “Dogura Magura” (3) (about medical devices in 1920s)
夢野久作の小説『ドグラ・マグラ』の絵を描くためのプチリサーチ(3)
若林博士が真夜中の屍体解剖室で、奇怪な死体偽造工作をする場面があります。私にはあまり馴染みのない医療用具がいくつか登場するので、実物を見てみたいと検索して見つけたのが、医療機器を専門に展示している『印西市立印旛医科器械歴史資料館』です。江戸後期から昭和まで、1000点を超える収蔵品で世界有数の規模を誇り、全国から人が来るそうです。
私が訪れた時はほとんど来館者がいなかったので、古い医療器具が所狭しと置かれている静かな館内(元々消防署だった建物で、微妙にレトロで年季が入っている)をじっくりと見て回れました。
今回確認したいのは「大理石の解剖台」「シンメルブッシュ」「喇叭型聴診器」の3点です。小説の舞台は大正15年(1926)なので、それくらいの時期に使われていた物である必要があります。
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◎大理石の解剖台
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まず第一に視神経を吸い寄せられまするのは、部屋の中央を楕円形に区切って、気味の悪い野白色の光りを放っている解剖台で御座います。この解剖台は元来、美事な白大理石で出来ているので御座いますが、今日までにこの上で数知れず処分されました死人の血とか、脂肪とか、垢とかいうものが少しずつ少しずつ大理石の肌目に浸み込んで、斯様な陰気な色に変化してしまったもので御座います。
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第二展示室の中でひときわ目を引く大きな解剖台は、小説の描写通り白大理石で出来ています。天面に空いている穴が生々しいです。製造年は「大正初期輸入」と説明板に書いてあるので時期も合っています。どの国から輸入されたのかは、分かる説明員さんがその時はいなかったので確認することができませんでした。提供元である倉敷中央病院は、大正12年(1923年)に創設されたそうです。小説では解剖台の形は「楕円形」とありますが、こちらは中央がくびれている「ひょうたん型」です。これに似た形状の解剖台が、1890年頃のニューヨークの死体安置所の写真に写っているのを見つけました。「野白色」とはどのような色でしょうか。調べても分かりませんでしたが、私のイメージは「古い増女の能面の色」という感じです。この解剖台は特に陰気な色には見えませんでしたが。
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◎シンメルブッシュ
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その解剖台上に投げ出された、黒い、凹字型の木枕に近く、映画面の左手に当ってギラギラと眼も眩むほど輝いておりますのは背の高い円筒形、ニッケル鍍金の湯沸器(シンメルブッシュ)で御座います。これは特別註文の品でも御座いましょうか、欧洲中世紀の巨大な寺院、もしくは牢獄の模型とも見える円筒型の塔の無数の窓から、糸のような水蒸気がシミジミと洩れ出している光景は、何かしらこの世ならぬ場面を聯想させるに充分で御座います。
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写真中央の器具がシンメルブッシュです。確かに円筒型の塔のようで、スチームパンクの世界に出てきそうな造形です。説明板には「シンメルブッシュ氏 蒸気消毒器 製造:34年頃 製造元:泉工医科工業(株)」と書いてあります(泉工医科工業のホームページを見ると、前身の青木器械店の創業は1940年と書いてあり、今のところ製造年代不明ですが)。資料館のホームページによると、シンメルブッシュとは煮沸で手術器具などを消毒する製品で、1800年代後半のドイツの外科医シンメルブッシュが考案したそうです。
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……と……やがて突然、吾に帰ったようにハッとして、誰も居ない筈の部屋の中をグルリと見廻しました若林博士は、黒装束の右のポケットに手を突込んで、何やら探し索めているようで御座いましたが、そのうちにフト又、思い出したように寝棺の箱に近付いて、美しく堆積した着物の下から、子供の玩具ほどの大きさをした黒い、喇叭型の筒を一本取り出しました。これはこの節の医者は余り用いませぬ旧式の聴診器で、人体内の極く微細な音響まで聴き取ろうと致します場合には、現今のゴム管式のものよりもこちらの方が有利なので御座います。
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若林博士がポケットから取り出した黒い喇叭型聴診器とは、写真中央のようなものだったのでしょうか。説明板には「榎本式産科聴診器 大正15年」と書いてあります。または「トラウベ式」ともいい、フランスの医師ルネ・ラエンネック(1781〜1826)が発明した聴診器の原型に、ドイツの医師ルードヴィッヒ・トラウベ(1818〜1876)が使いやすく携帯に便利なように改良したものだそうです。「この節の医者は余り用いませぬ旧式の聴診器で」とか「現今のゴム管式のものよりも」と上記の引用文にもあるように、大正末期には両耳式のタイプが既に普及していたようです。
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他にもドグラ・マグラの世界を想像するのに役立ちそうな大正時代(または昭和初期)の医療器具が展示されていました。下記はその一部です。
↑足踏式の加里(カリ)石鹸容器
高身長の若林博士が背中を丸めてこの器具から液体石鹸を取り、黙々と手を洗う光景を想像したりします。
↑明治〜大正時代の顕微鏡
全てカールツァイス社製。左から、明治40年、明治45年、大正8年、大正初期、大正末期。他に、ライツ社の顕微鏡をモデルに作られた大正初期の国産「エム・カテラ」も。この時代の顕微鏡は、ドイツから輸入されたものが多かったのですね。正木博士は価格の高いドイツ製、若林博士は国産を使っていたのでしょうか。
↑大正時代中期にドイツから輸入された顕微鏡写真装置。
↑手術室で使う無影照明灯。
↑大正末期〜昭和初期の手術台。
↑大正時代の吸入器。アルコールランプで発生させた蒸気で薬液を喉に噴霧するそうです。
↑肺結核治療に使う人工気胸器。大正末期〜昭和初期のもの。結核を患っていた若林博士はこのような機器を使用したのでしょうか。
↑明治末期から大正初期の応急用ガソリン灯。
↑手前は野戦病院などで使われたもの。この中に医療品を入れて馬に背負わせて移動したそうです。大正4年(1915年)発売。第一次世界大戦で使用されたのでしょうか。
↑私の絵。資料館で見た大理石の解剖台、シンメルブッシュ、加里石鹸容器を投入。
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印西市立印旛医科器械歴史資料館
千葉県印西市舞姫1丁目1−1
※写真撮影を希望する場合は、事前にメールなどで許可を取る必要があります。
“Asakusa Labyrinth” and Asakusa Underground Street
『浅草ラビリンス』と浅草地下商店街
ラビリンスをテーマにZINEを作るから数ページ描かないかと言われ、『浅草ラビリンス』というタイトルの一連の鉛筆画をものすごーくスローに進めていたところ、ZINEのテーマがラビリンスじゃなくなってしまい、しかも3、4ページにするはずが16ページになってしまいました。
ギリシャ神話に出てくるラビリンスは、ミノタウロスが閉じ込められた迷宮です。中に入った青年テセウスを、ミノス王の娘アリアドネーが糸を使い脱出の手助けをします。
私の「ラビリンス」では、舞台を浅草地下商店街にしました。1955年に開業されたという時間の積み重なりが個人商店の活気と混じりあい、凝縮されているような場所です。それほど広くない空間ですが、汚れた配管や電気系統のコードが無秩序に張りめぐされていて「迷宮」の雰囲気が漂っており、戦後の煤けた空気がひび割れた床や古ぼけた壁、立ち入り禁止区画の暗闇に、いまだに潜んでいるかのようです。
年末年始にちょっと体調を崩して軽い鬱状態にもなったせいか、床の点々模様や壁の染みなどを描いているととても落ち着きました(こう書いたら、エドワード・ゴーリーの本に出てくる壁の染みを舐めて過ごした人を思い出した)。
昨年の秋に絵の資料として浅草地下街に写真を撮りに行ったのですが、その数日後、隅然ヴィム・ヴェンダース監督の『PERFECT DAYS』を観たら、この地下街が出てきて主人公が焼きそばの「福ちゃん」で夕食をとっている場面が出てきて驚きました。私の絵で女の子が働いている店は「福ちゃん」を元にしています。秋とはいえまだまだ暑い最中、少し汗をかきながらいただいた太めの焼きそば、おいしかったよ。
Asakusa Labyrinth (Fin)
Asakusa Labyrinth (10)
Asakusa Labyrinth (9)
Asakusa Labyrinth (8)
Asakusa Labyrinth (7)
Swimming pool
近所に火力発電所の熱を利用した温水プールがある。そこの2階の見学席に座って、蛍光ペンでスケッチをしてみた。泳いでいる人を描くのは難しいなあ。もうちょっと練習しよう。この蛍光ペンは、プラザで買ったPILOTのスポットライターVWというもので、両端がそれぞれブルーとピンクになっている。見た目のかわいさだけで買いましたが、使い心地も発色も良い。プールを描くのにも向いているような。数分いたら、塩素の匂いに頭がくらくらしてきて離脱。









































