Dogra Magra (44) (a novel by Kyusaku Yumeno in 1935)

『ドグラ・マグラ』夢野久作(44)

―それから警察署で先生(W氏)にお話しましたように変な夢ばかり見ていたのです。僕は夢なんか滅多に見た事はないのに、あの晩はホントに不思議でした。イイエ。人を殺すような夢は見なかったようですけど、汽車が線路から外れてウンウン唸りながら僕を追っかけて来たり、巨大な黒い牛が紫色の長い長い舌を出してギョロギョロと僕を睨んだり、青い青い空のまん中で太陽が真黒な煤煙をドンドン噴き出して転げまわったり、富士山の絶頂が二つに裂けて、真赤な血が洪水のように流れ出して僕の方へ大浪を打って来たりして、とても恐しくて恐しくてたまりませんけど、何故だか足が動かなくなって、いくら逃げようとしても逃げられないのです。その中に家主さんの養鶏所から鶏の啼き声が二三度きこえたように思いましたが、それでも、そんな恐しい夢が、あとからあとからハッキリと見えて来ますので、どうしても醒める事ができません。ですから一所懸命になって苦しがって藻掻いておりますと、そのうちにやっとの思いで眼を開ける事が出来ました。

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