『ドグラ・マグラ』夢野久作(41)
―東京で住んでいた処ですか。それは方々に居りましたようです。僕が記憶えているだけでも駒沢や、金杉や、小梅、三本木という順に引越して行きまして、一番おしまいに居た麻布の笄町からこっちへ来たのです。いつでも二階だの、土蔵の中だの、離座敷みたような処だのを二人で間借りをして、そこで母はいろんな刺繍をした細工物を作るのでしたが、それが幾つか出来上りますと、僕を背負って、日本橋伝馬町の近江屋という家に持って行きました。そうするとその家の綺麗にお化粧をしたお神さんが、キット僕にお菓子を呉れました。今でもその家と、お神さんの顔をおぼえております。