『ドグラ・マグラ』夢野久作(55)
―ヘイ。その時に見ました窓の中の光景は、一生涯忘れようとして忘れられません。そのもようを申しますと、土蔵の二階の片隅に積んでありました空叺で、板張りの真中に四角い寝床のようなものが作ってありまして、その上にオモヨさんの派手な寝巻きや、赤いゆもじが一パイに拡げて引っかぶせてあります。その上に、水の滴るような高島田に結うたオモヨさんの死骸が、丸裸体にして仰向けに寝かしてありまして、その前に、母屋の座敷に据えてありました古い経机が置いてあります。その左側には、お持仏様の真鍮の燭台が立って百匁蝋燭が一本ともれておりまして、右手には学校道具の絵の具や、筆みたようなものが並んでいるように思いましたが、細かい事はよく記憶えませぬ。そうしてそのまん中の若旦那様の前には、昨日石切場で見ました巻物が行儀よく長々と拡げてありました……ヘイ……それは間違い御座いませぬ。たしかに昨日見ました巻物で、端の金襴の模様や心棒(軸)の色に見覚えが御座います。何も書いてない、真白い紙ばかりで御座いましたようで……ヘイ……若旦那様はその巻物の前に向うむきに真直に座って、白絣の寝巻をキチンと着ておられたようで御座いますが、私が覗きますと、どうして気どられたものか静かにこちらをふり向いてニッコリと笑いながら「見てはいかん」という風に手を左右に振られました。尤も、斯様にお話は致しますものの、みんな後から思い出した事なので、その時は電気にかかったように鯱張ってしまって、どんな声を出しましたやら、一切夢中で御座いました。