Dogra Magra (50) (a novel by Kyusaku Yumeno in 1935)

『ドグラ・マグラ』夢野久作(50)

―若旦那様は、温柔しい、口数の尠い御仁で御座いました。直方からこちらへ御座って後というもの、いつも奥座敷で勉強ばっかりして御座ったようですが、雇人や近所の者にも権式を取らしゃらず、まことに評判がよろしゅう御座いました。それに今までは呉家の人と申しましても後家のお八代さんと十七になる娘のオモヨさんと二人切りで、家の中が何となく陰気で御座いましたが、一昨年の春から若旦那が御座らっしゃるようになると、妙なもので、家内がどことなく陽気になりまして、私共も働らき甲斐があるような気持が致して参りましたような訳で……ヘイ……。そのうちに、今年の春になりましてからは又、若旦那様が福岡の高等学校を一番の成績で卒業して、福岡の大学に又やはり一番で這入らっしゃると、そのお祝を兼ねて、若旦那とオモヨさんの祝言があるというような事で、呉さんのお家はもう、何とのう浮き上るようなあんばいで……ヘイ……。

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