『ドグラ・マグラ』夢野久作(53)
―するとその態度をジット見て御座った若旦那は、オモヨさんの肩に手をかけたまま中腰になって硝子雨戸越しにそこいらをジロジロと見まわして御座るようでしたが、やがて軒先の夕空を見上げながら、思い出したように白い歯を出して、ニッタリと笑われました。そうして赤い舌を出してペロペロと舌なめずりをさっしゃったようでしたが、その笑顔の青白くて気味の悪う御座いました事というものは、思わずゾッと致しました位で……ヘイ……けれども真逆、それがあのような事の起る前兆とは夢にも思い寄りませなんだ。ただ学問のある人はあのような奇妙な素振りをするものか……と思い思い忙しさに紛れて忘れておりましたような事で……ヘイ……。