Dogra Magra (57) (a novel by Kyusaku Yumeno in 1935)

『ドグラ・マグラ』夢野久作(57)

―その顔を見ますと、私は思わず水を浴びせられたようにゾッとしました。お八代さんも慄え上ったらしく、無理に振り切って行こうとしますと、若旦那はスックリと立ち上って、縁側を降りかけていたお八代さんの襟髪を、うしろから引っ捉えましたが、そのまま仰向けに曳き倒して、お縁側から庭の上にズルズルと曳きずり卸すと、やはりニコニコと笑いながら、有り合う下駄を取り上げて、お八代さんの頭をサモ気持快さそうに打って打って打ち据えられました。お八代さんは見る見る土のように血の気がなくなって、頭髪がザンバラになって、顔中にダラダラと血を流して土の上に這いまわりながら死に声をあげましたが……それを見ますと私は生きた心が無くなって、ガクガクする膝頭を踏み締め踏み締め腰を抱えて此家へ帰りまして「お医者お医者」と妻に云いながら夜具を冠って慄えておりました。

>> instagram