カテゴリー別アーカイブ: ドグラ・マグラ

Dogra Magra (35) (a novel by Kyusaku Yumeno in 1935)

『ドグラ・マグラ』夢野久作(35)

ところへ、青いメリンスの風呂敷を一個、大切そうに抱えた若林博士が、長大なフロック姿を音もなく運んで這入って来まして、正木博士と向い合った小さな回転椅子に腰をかけました。矮小な正木博士が、大きな椅子の中一パイにハダカッているのに対して、巨大な若林博士が、小さな椅子の中に恭しく畏かしこまっている光景は、いよいよ絶好の漫画材料で御座います。……と、やがて若林博士は例によって持病の咳に引っかかりまして、白いハンカチを口に当てたまま、ゴホンゴホンと苦しみ始めました。
 正木博士はその騒ぎでやっと眼を醒ましたものと見えまして、新聞と葉巻を空中にヤーッとさし上げて、眼の前の若林博士は勿論のこと、この室も、九州大学も、しまいには自分自身までも一呑みにしてしまいそうな、素敵もない大欠伸を一つしました。

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Dogra Magra (34) (a novel by Kyusaku Yumeno in 1935)

『ドグラ・マグラ』夢野久作(34)

……冷たい……物々しい、九大法医学部屍体解剖室の大理石盤の上に、又と再び見出されないであろう絶世の美少女の麻酔姿……地上の何者をも平伏さしてしまうであろう、その清らかな胸に波打つふくよかな呼吸……。
その呼吸の香に酔わされたかのように若林博士はヒョロヒョロと立直りました。そうして少女の呼吸に共鳴するような弱々しい喘ぎを、黒い肩の上で波打たせ初めたと思うと、上半身をソロソロと前に傾けつつ、力無くわななく指先で、その顔の黒い蔽いを額の上にマクリ上げました。
……おお……その表情の物凄さ……。
白熱光下に現われたその長大な顔面は、解剖台上の少女とは正反対に、死人のように疲れ弛んだまま青白い汗に濡れクタレております。その眼には極度の衰弱と、極度の興奮とが、熱病患者のソレの如く血走り輝やいております。その唇には普通人に見る事の出来ない緋色が、病的に干乾び付いております。そうした表情が黒い髪毛を額に粘り付かせたまま、コメカミをヒクヒクと波打たせつつ、黒装束の中から見下している……。
彼はこうして暫くの間、動きませんでした。何を考えているのか……何をしようとしているのか解らないまま……。

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Dogra Magra (33) (a novel by Kyusaku Yumeno in 1935)

『ドグラ・マグラ』夢野久作(33)

大正十五年四月二十七日夜の、九大法医学部、解剖室には、かくして二個の少女の肉体が並べられた事になります。美しく蘇りかけている少女と、醜くく強直している少女と……中にも解剖台上に紅友禅を引きはえました少女の肉体は、ほんの暫くの間に著しく血色を回復しておりまして、麻酔をかけられたままに細々と呼吸しはじめている、そのふくよかな胸の高低が見える位になっております。その異常な平和さ、なまめかしさ……
(中略)
そのうちに脈を取っていた少女の手を投げ出して、時計をポケットに納めました若林博士は、その少女の身体をそっと抱え上げて、部屋の隅に横たえてある寝棺の蓋の上に寝かしました。そうしてその代りに四一四号の少女の強直屍体を解剖台の上に抱え上げて、凹字型の古びた木枕を頭部に当てがいますと、大きな銀色の鋏を取上げて、全身を巻立てている繃帯をブツブツと截り開く片端から、取除いて行きましたが……

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Dogra Magra (31) (a novel by Kyusaku Yumeno in 1935)

『ドグラ・マグラ』夢野久作(31)

そうした解剖台と、湯沸器と、白い寝棺と、三通りの異様な物体の光りの反射を、四方八方から取り巻く試験管、レトルト、ビーカー、フラスコ、大瓶、小瓶、刃物等のおびただしい陰影の行列……その間に散在する金色、銀色、白、黒の機械、器具のとりどりさまざまの恰好や身構え……床の上から机の端、棚の上まで犇めき並んでいる紫、茶、乳白、無色の硝子鉢、または暗褐色の陶器の壺。その中に盛られている人肉の灰色、骨のコバルト色、血のセピア色……それらのすべてが放つ眩しい……冷たい……刺すような、斬るような、抉るような光芒と、その異形な投影の交響楽が作る、身に滲みわたるような静寂さ……。
しかも……見よ……その光景の中心に近く、白絹に包まれた寝棺と、白大理石の解剖台の間から、スックリと突立ち上った真黒な怪人物の姿……頭も、顔も、胴体も悉く、灰黒色の護謨布で包んで、手にはやはり護謨と、絹の二重の黒手袋を、また、両脚にも寒海の漁夫がはくような巨大なゴムの長靴を穿っておりますが、その中に、ただ眼の処だけが黄色く縁取られた、透明なセルロイドになっております姿は、さながらに死人の心臓を取って喰うという魔性の者のような物々しさ……または籔の中に潜んでいる黒蝶の仔虫を何万倍かに拡大したような無気味さ……のみならず、あんなに高いところにある電球のスイッチを、楽々と手を伸してねじって行った、その素晴しい背丈の高さ……。こう申しましたならば諸君はお察しになりましたでしょう。この怪人物こそは、かの有名な「血液に依る親子の鑑別法」の世界最初の発見者であると同時に、現在『精神科学応用の犯罪と、その証跡』と題しまする、空前の名著を起草しつつある現代法医学界の第一人者、若林鏡太郎氏その人であります。

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Dogra Magra (32) (a novel by Kyusaku Yumeno in 1935)

『ドグラ・マグラ』夢野久作(32)

右手に見えております混凝土の暗い階段は、この部屋が地下室であることを示しておりますので、正面に並んだ白ペンキ塗の十数個の大きな抽斗は、皆、屍体の容器なのでございます。すなわちこの部屋は、九大医学部長の責任管理の下にある屍体冷蔵室で、真夏の日中といえども、肌膚が粟立つばかりの低温を保っているのでありますが、ことにただ今は深夜のこととて、その気味の悪い静けさは、死人の呼吸も聞えるかと疑われるくらい……。

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Dogra Magra (30) (a novel by Kyusaku Yumeno in 1935)

『ドグラ・マグラ』夢野久作(30)

……エエ……これが天下に有名な九州帝国大学、医学部、精神病科教授、医学博士、正木敬之氏でございます。背景は九州帝国大学、精神病科本館、講堂のボールドで、白い診察服を着ておりますのは、平生の講義姿をそのままにあらわしたものでございます。
(中略)
……もったいなくもK・C・MASARKEY会社の超々特作と題しまして『狂人の解放治療』という、もちろん今回が封切の天然色、浮出し、発声映画とございまして、出演俳優は皆、関係者本人の実演に係る実物応用ばかり……
(中略)
実母と許嫁と、二人の婦人を絞殺した怪事件の嫌疑者、呉一郎(明治四十年十一月二十日生)大正十五年十月十九日、九州帝国大学、精神病科教室附属、狂人解放治療場に於て撮影―

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Dogra Magra (29) (a novel by Kyusaku Yumeno in 1935)

『ドグラ・マグラ』夢野久作(29)

これが正木博士のいわゆる「脳髄論」から割出された「胎児の夢」の続きである「心理遺伝」の原則に支配されて動いている狂人たちであります。……しかも、これから三時間後……大正十五年十月十九日の正午となりまして、海向うのお台場から、轟然たる一発の午砲が響き渡りますと、それを合図にこの十人の狂人たちの中から、思いもかけぬスバラシイ心理遺伝の大惨劇が爆発致しまして、天下の耳目を衝動させると同時に、正木先生を自殺の決心にまでおい詰める事に相成るのでありますが、その大惨劇の前兆とも申すべき現象は、すでにただ今から、この解放治療場内にアリアリと顕われているので御座いますから、よくお眼を止められまして、狂人たちの一挙一動を精細に御観察あらんことを希望いたします。

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Dogra Magra (28) (a novel by Kyusaku Yumeno in 1935)

『ドグラ・マグラ』夢野久作(28)

この解放治療場を取巻いておりまする赤煉瓦の塀は、高さが一丈五尺。これに囲まれました四角い平地は全部この地方特有の真白い石英質の砂でございますから、清浄この上もありませぬ。真中に桐の木が五本ほど、黄色い枯れ葉を一パイにつけて立っております。
(中略)
治療場の入口は、東側の病室に近いところにただ一つ開いておりまして、便所への通路をかねておりますが、その入口板戸の横に切り開けられた小さな横長い穴から、黒い制服制帽の人相の悪い巨漢が、御覧のとおり朝から晩まで、冷たい眼付で場内を覗いているところを御覧になりますると、この四角い解放治療場の全体が、さながらに緑の波の中に据えられた巨大な魔術の箱みたように感じられましょう。
この魔術の箱の底に敷かれました白い砂が、一面に真青な空の光を受けて、キラキラと輝いております上を、黒い人影が、立ったり、座ったりして動いております。一人……二人……三人……四人……五人……六人……都合十人おります。

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Dogra Magra (27) (a novel by Kyusaku Yumeno in 1935)

『ドグラ・マグラ』夢野久作(27)

空前絶後の遺言書
―大正十五年十月十九日夜
―キチガイ博士手記

ヤアヤア。遠からん者は望遠鏡にて見当をつけい。近くんば寄って顕微鏡で覗いて見よ。吾こそは九州帝国大学精神病科教室に、キチガイ博士としてその名を得たる正木敬之とは吾が事也。今日しも満天下の常識屋どもの胆っ玉をデングリ返してくれんがために、突然の自殺を思い立ったるそのついでに、古今無類の遺言書を発表して、これを読む奴と、書いた奴のドチラが馬鹿か、気違いか、真剣の勝負を決すべく、一筆見参仕るもの……吾と思わん常識屋は、眉に唾して出で会い候え候え……。
……と書き出すには書き出してみたがサテ、一向に張合いがない。
……ない筈だ。吾輩は今、九大精神病学教室、本館階上教授室の、自分の卓子の前の、自分の廻転椅子に腰をかけて、ウイスキーの角瓶を手近に侍らして、万年筆を斜に構えながら西洋大判罫紙(フールスカップ)の数帖と睨めっくらをしている。頭の上の電気時計はタッタ今午後の十時をまわったばかり……横啣えをした葉巻からは、紫色の煙がユラリユラリ……なんの事はない、糞勉強のヘッポコ教授が、居残りで研究をしている恰好だ。トテモ明日の今頃には、お陀仏になっている人間とは思えないだろう。……アハハハ……。

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Dogra Magra (25) (a novel by Kyusaku Yumeno in 1935)

『ドグラ・マグラ』夢野久作(25)

……ナニイ。眼が眩って来たア……。
アハハハハハ……それあ眩るだろう。吾輩の気焔を聞かされたら、大抵の奴がフラフラフラと……。
……ナ……なんだ。そうじゃない。葉巻に酔ったんだと?……
アッハッハッハッ……コイツは大笑いだ。
ワッハッハッハッハッハッハッ。
(文責在記者)

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Dogra Magra (26) (a novel by Kyusaku Yumeno in 1935)

『ドグラ・マグラ』夢野久作(26)

胎児の夢
(中略)
人間の胎児は、母の胎内に居る十箇月の間に一つの夢を見ている。
その夢は、胎児自身が主役となって演出するところの「万有進化の実況」とも題すべき、数億年、ないし、数百億年に亘るであろう恐るべき長尺の連続映画のようなものである。すなわちその映画は、胎児自身の最古の祖先となっている、元始の単細胞式微生物の生活状態から始まっていて、引き続いてその主人公たる単細胞が、次第次第に人間の姿……すなわち胎児自身の姿にまで進化して来る間の想像も及ばぬ長い長い年月に亘る間に、悩まされて来た驚心、駭目すべき天変地妖、または自然淘汰、生存競争から受けて来た息も吐かれぬ災難、迫害、辛苦、艱難に関する体験を、胎児自身の直接、現在の主観として、さながらに描き現わして来るところの、一つの素晴しい、想像を超越した怪奇映画である。……その中には、既に化石となっている有史以前の怪動植物や、又は、そんな動植物を惨死、絶滅せしめた天変地異の、形容を絶する偉観、壮観が、そのままの実感を以て映写し出される事はいうまでもない

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Dogra Magra (24) (a novel by Kyusaku Yumeno in 1935)

『ドグラ・マグラ』夢野久作(24)

ポカン博士が演説をする時は、なんでもどこかの往来のはげしい、電車の交差点か何かで、繁華な人ゴミの中に立ちどまっているつもりらしい。交通巡査みたいに大手を拡げて、前後左右の群集を睨みまわす恰好をすると、イキナリ拳固を空中に舞わしながら、金切声をふり絞りはじめるのだ。
「……止まれッ……。
 ……止まれッ……。
電車も、自動車も、自転車も、オートバイも、バスも、トラックも、人力車も皆止まれッ……。紳士も、淑女も、モガも、モボも、サラリマンも職業婦人も、ブルもプロも、掏摸も、巡査も動いてはいけない。
……諸君はタッタ今、非常な危険と直面しているのだ。
……諸君は現在タッタ今、脳髄で物を考えつつ歩いているだろう。……その脳髄の判断力でもって交通巡査のゴー・ストップを聞き分け、旗振りの青と赤を見分け、飾窓の最新流行を批判し、ポスターに新人の出現を知り、夕刊記事の貼出しに話題を発見し、掏摸を警戒し、債権者を避け、イットの芳香を追跡しつつ……イヤが上にもその脳髄の感触を高潮させつつ、文化人のプライドをステップしている……つもりでいるだろう。……それが危険だと云うのだ。それが非常だと警告するのだ。……脳髄の非常時……。 ……見よ。聞け。驚け。呆れよ……

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Dogra Magra (23) (a novel by Kyusaku Yumeno in 1935)

『ドグラ・マグラ』夢野久作(23)

ところが、そのうちに、ソンナ発作がダンダンと高潮して来るとポカン博士は、やがて部屋のマン中の人造石の床の上に立止まって不思議そうにキョロキョロとそこいらを見廻わしはじめる。そうして自分の蓬々たる頭の毛の中から、何かしら眼に見えないものを掴み出して、床の上に力一パイ叩きつける真似をする。それからその床の上にタタキ付けたものを指して、脳髄に関する演説を滔々と、身振まじりにはじめるのであるが、そのうちに自分の演説に感激して、興奮の絶頂に達して来ると、ツイ今しがた自分の頭の中から掴み出して床の上にタタキ付けた眼に見えない或るものを、片足を揚げて一気にふみ潰す真似をすると同時に、ウーンと眼を眩わして床の上に引っくり返ってしまう。

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Dogra Magra (20) (a novel by Kyusaku Yumeno in 1935)

『ドグラ・マグラ』夢野久作(20)

キチガイ地獄外道祭文――一名、狂人の暗黒時代――

墺国理学博士
独国哲学博士 面黒楼万児 作歌
仏国文学博士
         
▼ああア――アア――あああ。右や左の御方様へ。旦那御新造、紳士や淑女、お年寄がた、お若いお方。お立ち会い衆の皆さん諸君。トントその後は御無沙汰ばっかり。なぞと云うたらビックリなさる。なさる筈だよ三千世界が。出来ぬ前から御無沙汰続きじゃ。きょうが初めてこの道傍に。まかり出でたるキチガイ坊主……スカラカ、チャカポコ。チャカポコチャカポコ…………サアサ寄った寄った。寄ってみてくんなれ。聞いてもくんなれ。話の種だよ。お金は要らない。ホンマの無代償だよ。こちらへ寄ったり。押してはいけない。チャカポコチャカポコ……

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Dogra Magra (19) (a novel by Kyusaku Yumeno in 1935)


『ドグラ・マグラ』夢野久作(19)

「……正木先生が……自殺……」
 その声が自分の耳に這入ると私は又、自分の耳を疑った。正木先生のような偉大な、達人ともいうべき人が自殺する……そんな事が果して在り得ようか。
 そればかりでない。この精神病科教室の主任教授となった人が二人とも、ちょうど一年おきに、しかも場所まで同じ海岸の潮水に陥って変死する……そんな恐ろしい暗合が、果して在り得るものであろうか……と驚き迷い、呆れつつ若林博士の蒼白い顔を凝視した。

Dogra Magra (18) (a novel by Kyusaku Yumeno in 1935)


『ドグラ・マグラ』夢野久作(18)

「ハア。ではその行方不明になられた正木先生は、どうしてこの大学に来られるようになったのですか」
「それはかような仔細です」
 と言ううちに若林博士は、出しかけていた時計を又ポケットの中に落し込んだ。弱々しい咳払いを一つして話をつづけた。
「ちょうど斎藤先生の葬儀の式場に、正木先生がどこからともなく飄然と参列しに来られたのです。多分、新聞の広告を見られたものと思われますが……それを松原総長が、葬式の済んだ後で捉まえまして、その場で斎藤先生の後任を押付けてしまったものです。これは非常な異式だったのですが、あれ程に人格の高かった斎藤先生の遺志を、外ならぬ総長が取次だのですから、誰一人として総長のかような遣り方を、異様に思う者はありませんでした。かえって感激の拍手をもって迎えられたくらいです」
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参考として大正時代のお葬式の写真を何枚か見たけど、ネット上ではそんなに資料が見つからないし、地方によっても風習が違うかもしれないし、やっぱりちょっと検索しただけでは細部は良く分からない。ひとつ新たに知ったのは、白い喪服が主流の時代もあったということだ。明治時代に皇室の葬儀をきっかけに黒い喪服が増えてきて、第二次世界大戦時に黒が広く浸透したらしいです。あと、明治・大正初め頃までは遺影を飾る習慣はなくて、著名人とかお金のある人は代わりに葬儀写真集というものを作ることがあったらしいです。生前の元気な時の様子から死の床、お葬式の様子まで、時系列で記録に残してあるという。実際に手にとって見てみたい。

Dogra Magra (14) (a novel by Kyusaku Yumeno in 1935)


『ドグラ・マグラ』夢野久作(14)

……ところで正木先生は、それから丸八年の間、欧洲各地を巡遊して、墺、独、仏、三ヵ国の名誉ある学位を取られたのですが、そのうちに大正四年になって、コッソリと帰朝されますと、今度は宿所を定めずに漂浪生活を初められました。全国各地の精神病院を訪問したり、各地方の精神病者の血統に関する伝記、伝説、記録、系図等を探って、研究材料を集められるかたわら『キチガイ地獄外道祭文』と題する小冊子を、一般民衆に配布して廻られたのです」

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Dogra Magra (17) (a novel by Kyusaku Yumeno in 1935)

『ドグラ・マグラ』夢野久作(17)

「……そうです。斎藤先生は変死をされたのです。斎藤先生は昨大正十四年の十月十八日……すなわち変死される前の日の午後五時ごろに、平生のとおり仕事を片づけて、医局の連中に二三の用務を頼んで、この部屋を出られたのですが、それっきり筥崎、網屋町の自宅には帰られませんでした。そうしてそのあくる朝早く、筥崎水族館裏手の海岸に溺死体となって浮き上っておられたのです。発見者は水族館の掃除女でしたが、急報によって警察当局や、わたしどもが駈け付けまして調査いたしました結果、多量に飲酒しておられたことが判明いたしましたので、たぶん、自宅へお帰りになる途中で、だれかきわめて懇意な人に出会って、久方ぶりに脱線された結果、帰り道を間違えて、彼処の石垣の上から落ちられたものであろう……ということになっております」

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Dogra Magra (16) (a novel by Kyusaku Yumeno in 1935)

『ドグラ・マグラ』夢野久作(16)

「……ところでその正木先生が、生涯を賭して完成されました、その実験の前後に関するお話を致しますに就ては、誠に恐縮で御座いますが、かく申す私の事を引合いに出させて頂かなければなりませぬので……と申します理由は、ほかでも御座いませぬ。正木先生と私とは元来、同郷の千葉県出身で御座いまして、この大学の前身でありました京都帝国大学、福岡医科大学と申しましたのが、明治三十六年に福岡の県立病院を改造して新設されました当初に、第一回の入学生として机を並べましたものです。そうして同じく明治四十年に、同時に卒業致しましたのですから、申さば同窓の同輩とも申すべき間柄だったので御座います。しかも、今日まで二人とも独身生活を続けまして、学術研究の一方に生涯を打ち込んでおりますところまで、そっくりそのまま、似通っているので御座いましたが……しかしその正木先生の頭脳の非凡さと、その資産の莫大さとの二つの点に到っては、トテモ私どもの思い及ぶところでは御座いませんでした。

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〈時系列覚え書き〉
◎明治36年(1903)
若林鏡太郎と正木敬之が大学に入学
◎明治40年(1907)
両名、大学を卒業
◎大正13年(1924)
卒業後消息を絶っていた正木博士が、
九州帝国大学法医学部の若林博士の居室を訪ねる
◎大正15年(1926)
「わたし」が九州帝国大学の一室で目覚める
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Dogra Magra (15) (a novel by Kyusaku Yumeno in 1935)

『ドグラ・マグラ』夢野久作(15)

若林博士はコンナ風に云いまわしつつ、その青冷めたい、力ない視線をフッと私の顔に向けた。そうして私がモウ一度座り直さずにはおられなくなるまで、私の顔を凝視していたが、そのうちに私が身動きは愚か、返事の言葉すら出なくなっている様子を見ると、又、気をかえるようにハンカチを取出して、小さな咳払いをしつつ、スラスラと話を進めた。
「……然るに去る大正十三年の三月の末の事で御座います。忘れもしませぬ二十六日の午後一時頃の事でした。卒業されてから十八年の長い間、全く消息を絶っておられた正木先生が、思いがけなく当大学、法医学部の私の居室をノックされましたのには、流石の私もビックリ致しました。まるで幽霊にでも出会ったような気持ちで、何はともあれ無事を祝し合った訳でしたが、それにしても、どうしてコンナに突然に帰って来られたのかとお尋ねしますと、正木先生は昔にかわらぬ磊落な態度で、頭を掻き掻きこんなお話をされました」

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Dogra Magra (13) -a novel by Kyusaku Yumeno in 1935

『ドグラ・マグラ』夢野久作(13)

その間に若林博士はグルリと大卓子をまわって、私の向側の大きな廻転椅子の上に座った。最前あの七号室で見た通りの恰好に、小さくなって曲り込んだのであったが、今度は外套を脱いでいるためにモーニング姿の両手と両脚が、露わに細長く折れ曲っている間へ、長い頸部と、細長い胴体とがグズグズと縮み込んで行くのがよく見えた。そうしてそのまん中に、顔だけが旧の通りの大きさで据わっているので、全体の感じが何となく妖怪じみてしまった。たとえば大きな、蒼白い人間の顔を持った大蜘蛛が、その背後の大暖炉の中からタッタ今、私を餌食にすべく、モーニングコートを着て匐い出して来たような感じに変ってしまったのであった。

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