Dogra Magra (34) (a novel by Kyusaku Yumeno in 1935)

『ドグラ・マグラ』夢野久作(34)

……冷たい……物々しい、九大法医学部屍体解剖室の大理石盤の上に、又と再び見出されないであろう絶世の美少女の麻酔姿……地上の何者をも平伏さしてしまうであろう、その清らかな胸に波打つふくよかな呼吸……。
その呼吸の香に酔わされたかのように若林博士はヒョロヒョロと立直りました。そうして少女の呼吸に共鳴するような弱々しい喘ぎを、黒い肩の上で波打たせ初めたと思うと、上半身をソロソロと前に傾けつつ、力無くわななく指先で、その顔の黒い蔽いを額の上にマクリ上げました。
……おお……その表情の物凄さ……。
白熱光下に現われたその長大な顔面は、解剖台上の少女とは正反対に、死人のように疲れ弛んだまま青白い汗に濡れクタレております。その眼には極度の衰弱と、極度の興奮とが、熱病患者のソレの如く血走り輝やいております。その唇には普通人に見る事の出来ない緋色が、病的に干乾び付いております。そうした表情が黒い髪毛を額に粘り付かせたまま、コメカミをヒクヒクと波打たせつつ、黒装束の中から見下している……。
彼はこうして暫くの間、動きませんでした。何を考えているのか……何をしようとしているのか解らないまま……。

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