Dogra Magra (27) (a novel by Kyusaku Yumeno in 1935)

『ドグラ・マグラ』夢野久作(27)

空前絶後の遺言書
―大正十五年十月十九日夜
―キチガイ博士手記

ヤアヤア。遠からん者は望遠鏡にて見当をつけい。近くんば寄って顕微鏡で覗いて見よ。吾こそは九州帝国大学精神病科教室に、キチガイ博士としてその名を得たる正木敬之とは吾が事也。今日しも満天下の常識屋どもの胆っ玉をデングリ返してくれんがために、突然の自殺を思い立ったるそのついでに、古今無類の遺言書を発表して、これを読む奴と、書いた奴のドチラが馬鹿か、気違いか、真剣の勝負を決すべく、一筆見参仕るもの……吾と思わん常識屋は、眉に唾して出で会い候え候え……。
……と書き出すには書き出してみたがサテ、一向に張合いがない。
……ない筈だ。吾輩は今、九大精神病学教室、本館階上教授室の、自分の卓子の前の、自分の廻転椅子に腰をかけて、ウイスキーの角瓶を手近に侍らして、万年筆を斜に構えながら西洋大判罫紙(フールスカップ)の数帖と睨めっくらをしている。頭の上の電気時計はタッタ今午後の十時をまわったばかり……横啣えをした葉巻からは、紫色の煙がユラリユラリ……なんの事はない、糞勉強のヘッポコ教授が、居残りで研究をしている恰好だ。トテモ明日の今頃には、お陀仏になっている人間とは思えないだろう。……アハハハ……。

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