Dogra Magra (31) (a novel by Kyusaku Yumeno in 1935)

『ドグラ・マグラ』夢野久作(31)

そうした解剖台と、湯沸器と、白い寝棺と、三通りの異様な物体の光りの反射を、四方八方から取り巻く試験管、レトルト、ビーカー、フラスコ、大瓶、小瓶、刃物等のおびただしい陰影の行列……その間に散在する金色、銀色、白、黒の機械、器具のとりどりさまざまの恰好や身構え……床の上から机の端、棚の上まで犇めき並んでいる紫、茶、乳白、無色の硝子鉢、または暗褐色の陶器の壺。その中に盛られている人肉の灰色、骨のコバルト色、血のセピア色……それらのすべてが放つ眩しい……冷たい……刺すような、斬るような、抉るような光芒と、その異形な投影の交響楽が作る、身に滲みわたるような静寂さ……。
しかも……見よ……その光景の中心に近く、白絹に包まれた寝棺と、白大理石の解剖台の間から、スックリと突立ち上った真黒な怪人物の姿……頭も、顔も、胴体も悉く、灰黒色の護謨布で包んで、手にはやはり護謨と、絹の二重の黒手袋を、また、両脚にも寒海の漁夫がはくような巨大なゴムの長靴を穿っておりますが、その中に、ただ眼の処だけが黄色く縁取られた、透明なセルロイドになっております姿は、さながらに死人の心臓を取って喰うという魔性の者のような物々しさ……または籔の中に潜んでいる黒蝶の仔虫を何万倍かに拡大したような無気味さ……のみならず、あんなに高いところにある電球のスイッチを、楽々と手を伸してねじって行った、その素晴しい背丈の高さ……。こう申しましたならば諸君はお察しになりましたでしょう。この怪人物こそは、かの有名な「血液に依る親子の鑑別法」の世界最初の発見者であると同時に、現在『精神科学応用の犯罪と、その証跡』と題しまする、空前の名著を起草しつつある現代法医学界の第一人者、若林鏡太郎氏その人であります。

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