Dogra Magra (24) (a novel by Kyusaku Yumeno in 1935)

『ドグラ・マグラ』夢野久作(24)

ポカン博士が演説をする時は、なんでもどこかの往来のはげしい、電車の交差点か何かで、繁華な人ゴミの中に立ちどまっているつもりらしい。交通巡査みたいに大手を拡げて、前後左右の群集を睨みまわす恰好をすると、イキナリ拳固を空中に舞わしながら、金切声をふり絞りはじめるのだ。
「……止まれッ……。
 ……止まれッ……。
電車も、自動車も、自転車も、オートバイも、バスも、トラックも、人力車も皆止まれッ……。紳士も、淑女も、モガも、モボも、サラリマンも職業婦人も、ブルもプロも、掏摸も、巡査も動いてはいけない。
……諸君はタッタ今、非常な危険と直面しているのだ。
……諸君は現在タッタ今、脳髄で物を考えつつ歩いているだろう。……その脳髄の判断力でもって交通巡査のゴー・ストップを聞き分け、旗振りの青と赤を見分け、飾窓の最新流行を批判し、ポスターに新人の出現を知り、夕刊記事の貼出しに話題を発見し、掏摸を警戒し、債権者を避け、イットの芳香を追跡しつつ……イヤが上にもその脳髄の感触を高潮させつつ、文化人のプライドをステップしている……つもりでいるだろう。……それが危険だと云うのだ。それが非常だと警告するのだ。……脳髄の非常時……。 ……見よ。聞け。驚け。呆れよ……

>> instagram