Petit research for Japanese novel (newspapers in 1926)

『ドグラ・マグラ』の絵を描くためのプチリサーチ(1)

◆正木博士が居眠りをする場面で、若林博士と会う前に読んでいた新聞とは?

【場所】九州帝国大学精神病学教室本館階上、教授室
【日時】大正15年(1926)5月2日 午後3時頃

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正面の大卓子と、大暖炉との中間に在る、巨大な肘掛回転椅子に乗っかった正木博士は、白い診察服の右手の指に葉巻の消えたのを挟み、左には当日の新聞紙を掴みながら鼻眼鏡をかけたままコクリコクリと居睡りをしております。トント外国の漫画に出てまいります屁っぽこドクトルそのままで……読みさしの新聞の裏面に「花嫁殺し迷宮に入る」という標題が、初号三段抜きで掲げてありますところを特に大うつしにして御覧に入れておきます。そのうちに大暖炉の上の電気時計の針が、カチリと音を立てて三時三分を指しますと、大学のお仕着せを着た四十恰好の頭を分けた小使が、一葉の名刺を持って這入って来て、恭しく正木博士の前に捧げました。
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というわけで、まずインターネットで「大正時代 新聞 福岡」などと検索すると、国立国会図書館「リサーチ・ナビ」内の「明治・大正時代の主な新聞とその参考文献(西日本)」というページにたどり着いた。そこで九州の欄を見ていくと、大正15年の時点で福岡県で発行されていたメジャーな新聞は「九州日報」と「福岡日日新聞」の二紙っぽい。実際に紙面を見るために永田町にある国立国会図書館に行ってみた。

国立国会図書館は国会議事堂のすぐ近くにある巨大な図書館で、身分証明書があればその場で登録利用者カードを作ってくれる。個人への本の貸出はしていないので館内で閲覧しないといけないけど複写サービスがある。新聞資料室に行き、大正15年5月の「九州日報」と「福岡日日新聞」を申し込むと、貸出カウンターでフィルムのロールを渡されるので専用の機械で見る(古い新聞はマイクロ写真で保存されている)。

大正15年5月2日の各朝刊一面を、A3用紙に複写してもらったのがこれ↓
(この日は日曜だ。正木博士、若林博士、小使は日曜日に大学にいたのですね)

◎九州日報

◎福岡日日新聞

九州日報の紙面の方がなんとなく面白そう、というテキトーな理由で正木博士が読んでいたのは九州日報である、ということにする。夢野久作は九州日報で記者をしていたし。

では九州日報のどのページに『花嫁殺し迷宮に入る』の記事が載っていたか。一面は政治とか全国ニュース的な記事で、中面をみていくとP5に社会面的な記事が載っている。味噌汁にナントカ水を混ぜて親戚みなごろしを企つとか、子を伴れて姦夫と家出とか。

「花嫁殺し迷宮に入る」という標題が、「初号三段抜き」で掲げてあるということですが、コトバンクによると「初号」は「号数活字の中で最大のもの。42ポイントに相当」、「三段抜き」とは「新聞の紙面で大きなニュースを伝えるため、三段にわたる長さに組んだ見出し」だそうです。紙面右上の「福博全市歓楽に醉ふ」なんかは正に、初号三段抜きなのでは? 

あと、正木博士が読んでいたのは朝刊だと思い込んでいたけど、もしかすると夕刊かもという問題がありますが、それはまた後で。