Dogra Magra (30) (a novel by Kyusaku Yumeno in 1935)

『ドグラ・マグラ』夢野久作(30)

……エエ……これが天下に有名な九州帝国大学、医学部、精神病科教授、医学博士、正木敬之氏でございます。背景は九州帝国大学、精神病科本館、講堂のボールドで、白い診察服を着ておりますのは、平生の講義姿をそのままにあらわしたものでございます。
(中略)
……もったいなくもK・C・MASARKEY会社の超々特作と題しまして『狂人の解放治療』という、もちろん今回が封切の天然色、浮出し、発声映画とございまして、出演俳優は皆、関係者本人の実演に係る実物応用ばかり……
(中略)
実母と許嫁と、二人の婦人を絞殺した怪事件の嫌疑者、呉一郎(明治四十年十一月二十日生)大正十五年十月十九日、九州帝国大学、精神病科教室附属、狂人解放治療場に於て撮影―

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Dogra Magra (29) (a novel by Kyusaku Yumeno in 1935)

『ドグラ・マグラ』夢野久作(29)

これが正木博士のいわゆる「脳髄論」から割出された「胎児の夢」の続きである「心理遺伝」の原則に支配されて動いている狂人たちであります。……しかも、これから三時間後……大正十五年十月十九日の正午となりまして、海向うのお台場から、轟然たる一発の午砲が響き渡りますと、それを合図にこの十人の狂人たちの中から、思いもかけぬスバラシイ心理遺伝の大惨劇が爆発致しまして、天下の耳目を衝動させると同時に、正木先生を自殺の決心にまでおい詰める事に相成るのでありますが、その大惨劇の前兆とも申すべき現象は、すでにただ今から、この解放治療場内にアリアリと顕われているので御座いますから、よくお眼を止められまして、狂人たちの一挙一動を精細に御観察あらんことを希望いたします。

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Un Regard Moderne and William Burroughs

パリにある本屋さん、Un Regard Moderneで開催されている『おっぱいから流れるセーヌ川の水』展に参加しています。

この本屋さんの前でウィリアム・バロウズが『裸のランチ』を書いたそうで、展覧会のタイトルもそこから来ています。

Exposition Grosse Victime Magazine
“De l’eau de la Seine dans les tétons”
January 10 – February 10, 2024
Un Regard Moderne
10 Rue Gît-le-Cœur, 75006 Paris

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Red bean paste and Howland island

今日は小豆を煮ながら、『奇妙な孤島の物語:私が行ったことのない、生涯行くこともないだろう50の島』(ユーディット・シャランスキー/著)を読んでいた。あんこと孤島。聞いたこともない島の名前が目次に並ぶなか、特にハウランド島のページを熱心に見た。太平洋に浮かぶ無人島、小豆みたいに小さいハウランド島。1937年7月2日の朝、この島を目指してニューギニア島を飛び立ったけれど、到着することのなかったアメリア・イアハート。

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Underground vaults in Edinburgh

10年くらい前にスコットランドのエディンバラを訪れたとき、Mercat Toursが主催する地下の穴倉ツアー(Blair Street Underground Vaults)に参加した。これはどういうツアーかというと、18世紀末に出来たサウス・ブリッジという道路兼橋の地下にあるたくさんの穴蔵を、案内人と一緒に歩いて見学するものです。その穴蔵は、時代により倉庫や工房、ワイン(クラレット)セラーや酒場として使われ、徐々に密造酒造りや墓泥棒が一時的に死体を隠すような犯罪の巣窟となり、19世紀にはスラムの中でも最下層の人々が住み着くようになったという。第二次世界大戦中には防空壕としても使われたが、瓦礫に埋もれたりして長い間忘れ去られ、商売にしようと思った人達が入口を発見して中を整備し始めた1980年代に再び日の目を見る。
私が参加したのは10人位のツアーで、夜の8時頃になんとかいう広場に一度集まってから路地にある小さな入口より階段で地下に降りた。大学生のような若い男性の案内人が、俳優を目指しているのかなというぐらい熱の入った演技とともに説明してくれた(墓泥棒がスコップで墓を掘り続ける演技とか)。穴蔵が続く狭い通路は、最小限のオレンジ色の照明で薄暗く、200年以上の陽気とは言えない歴史の重みがそこら中の石壁に染み付いているようで、ここに一人で取り残されたら…と想像すると怖い。酒場だった時はよく牡蠣を供していたそうで、牡蠣の殻などが見つかるという。現代でもここでパブとかやったら結構ムーディーで人気が出そうな感じもするが、私としては行きたいような行きたくないような。ここの雰囲気があまりにリアルなので。穴倉から出土した遺物をみせてくれる部屋もあり、その中に19世紀のランプ用の魚油があった。当時のままのガラス瓶に入っており案内人がフタを開けて匂いを嗅がせてくれて、ものすごく酸化した匂いがした。魚油ランプは煙や匂いがひどく、さらに換気の悪い穴蔵で使われて健康にも良くなかったという。他に覚えているのは、年代不詳のピストルの形をしたガラスのおもちゃなど。ここに住んでいた19世紀の一家の子どもの持ち物だったのか、20世紀の防空壕時代の子どもなのか。ホテルへの帰り道、夜の石畳を歩きながら、亡霊が地下からついてきていないかしばらく不安だった(歴史好きな人やダークで変わった趣が好きな人にはおすすめのツアーです。オフィシャルガイドブックが充実した内容なので、チケットと一緒に買うとさらに面白い)。

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Gobi Desert, Taklamakan Desert and Sven Hedin’s boots

黄砂の時期になると、はるばるゴビ砂漠やタクラマカン砂漠から日本まで砂が飛んでくるなんてすごいなと思ったりする。「ゴビ砂漠」「タクラマカン砂漠」という響きがとてもエキゾチックで、シルクロードとか昔の探検家などを思い起こす。子どもの頃に『スウェン・ヘディンと桜蘭王国展』というのに行った。一番覚えている展示物が、スウェン・ヘディンの長靴。タクラマカン砂漠を横断している途中で水が尽き、ラクダの尿を長靴で飲んだとか、生きられるぎりぎりのところでついに水たまりをみつけ、またもや長靴で水を飲んだなど、過酷な旅で生死をともにし、コップがわりにもなったボロボロの茶色の革の長靴。

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Lights in the dark land

夜に出発の飛行機で東京からヨーロッパ方面に行った時、時差に向かって飛んでいるのでずーっと夜だった。夜に向かって飛んで、いつまでも夜だった。窓の下はモンゴルや中央アジアの暗闇で、時たま二、三個の丸い灯りが見えることがあった。見える度に、前の座席のスクリーンにリアルタイムで写しだされる飛行ルートを確認して、どこの上空を飛んでいるのか知ろうとした。私は飛行機の席は必ず窓際を取り、外の景色に貼り付いていることが多いので、灯りが見える度に、あそこに人が住んでいるのかな、周りはこんなに暗くて何もなさそうだけど何をしている人達なんだろう、私はあの人たちの灯りをいま見ているけど向こうはこちらの飛行機の灯りを見ているんだろうか、などと想像していた。深い闇の中に浮かぶ小さな灯りに、ささやかな人の営みの気配と親近感を抱いた。

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Mongolian night sky crossed by artificial satellites

モンゴルの遊牧民を訪れた日本人の紀行文が、中学校の国語の教科書に載っていた。著者の名前を思い出せないけれど、大草原の星空に圧倒された、空を横切る人工衛星まで肉眼で見ることが出来た、という内容の文章があった。あまりに澄んでいるので、人工衛星の通過音まで聞こえてきそうだ、とたしか書いてあってものすごく印象に残った。どういう音か分からないけど、なんとなく、とてもささやかな機械音というか、金属音のようなのがカタカタ聞こえてきそうな感じがした。実際、人工衛星がそういう音を立てるのか不明だけど。それほど空気が澄んでいて、どこよりも暗い夜空に、カタカタ音をたてながらスーと動いて行く人工衛星というのが、とても詩的でロマンチックだと思った。

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UFO

テレパシーらしきもので(ちょっと分からないけど)、このような形のUFOを頭の中で見た。
(上)UFOの中から網目のある窓越しに外を見ると、満天の星が見えた。
(下)別の宇宙船からUFOをみた様子。一番下の出っ張りをつい描いてしまったが、なかったかも。

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Fallen Leaves

元旦に有楽町でアキ・カウリスマキの『枯れ葉』を観る。年末年始とアキ・カウリスマキは、結構合う組み合わせだと思う。劇中、主人公二人が映画館でジム・ジャームッシュ監督の『デッド・ドント・ダイ』を観る場面があった。ブレッソンやゴダールの『はなればなれ』に匹敵する、などと観客が感想を言いあったり、「あんなに笑ったのは久しぶりよ」とか主人公に言わせたりして、アキ・カウリスマキはジム・ジャームッシュをほめちぎっていた。映画の途中で小さい揺れを感じ、結構長かったので少し怖かった。家に帰ってから、それが能登の方の地震だったと知った。

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Schwarzwälder Kirschtorte

「黒い森のサクランボケーキ」というものがあるのを初めて知った。フェルディナント・フォン・シーラッハの短編集『カールの降誕祭』の「パン屋の主人」という話に、黒い森のサクランボケーキを作るのが得意な主人公が出てくる。

「あのケーキの味はな、キルシュヴァッサーで決まるんだ。良質のキルシュヴァッサーを使わなくちゃいけない。色の濃い黒い森のサクランボだけを原料にしたやつだ。そのキルシュヴァッサーとサワーチェリージュース、このふたつが決め手さ。けちけちしちゃいけない。それが秘訣なんだよ」(酒寄進一/訳・東京創元社)

ドイツの黒い森地方(という地方があることも知らなかった)で採れたサクランボを使うそうだけど、「黒い森」という響きにグリム童話の魔法を感じるし、アメリカンチェリーが好きで、チェリー味だったら何でも一応惹かれるので、これはとても魅力的なケーキだと思う。2024年は、このケーキを食べたい。(実物はもちろんこの絵のようにケーキの上に木が生えているわけではないです)

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Fishy street vendor

小学生の時、学校の校門前に、消しゴムを並べた机とおばさんが出現する時があった。消しゴムは当時「辞書消し」と呼ばれていたもので、ミニチュアの国語辞典に似せて作られた、紙ケース付きのものだった。あまり消えなくて、こするほど汚れるような使い物にならない消しゴムだった。おばさんの目的は消しゴムを売ることではなく、学習教材の注文をとることで、「辞書消し」はおまけだった。普通の小さい「辞書消し」もあれば、ジャンボサイズの「辞書消し」もあって、放課後に校門を出た小学生たちが辞書消しにつられて机に群がった。または無視して歩き去った。

今思い返すと、真正面の構図で「机」と「物売り」というのは、少し謎めいた光景というか、不思議な物を売る人、インチキ商売、狐か狸が化けた商人、数時間後にはいなくなる幻のような物売り、そういう「怪しい路上売り」を象徴する私の原風景のような感じがする。

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A pale white leg from a ceiling

小学校の時、同級生数人で空き家探検をした。古い木造の廃屋で、中は暗く柱もぼろぼろだった。一階をうろうろしていると、突然ズボッと大きな音がして天井から男の子の片脚が飛び出してきた。二階を歩いていた大木君の脚が、腐った木の床を突き抜けてぶら下がった状態になったのである。その頃の小学生男子は、なぜかとても短い半ズボンを履いていた(最近は全く見なくなった)。ほの白い生脚一本が、薄暗い天井からにょっきり生えている異様な光景が、目に焼き付いた。

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Dogra Magra (28) (a novel by Kyusaku Yumeno in 1935)

『ドグラ・マグラ』夢野久作(28)

この解放治療場を取巻いておりまする赤煉瓦の塀は、高さが一丈五尺。これに囲まれました四角い平地は全部この地方特有の真白い石英質の砂でございますから、清浄この上もありませぬ。真中に桐の木が五本ほど、黄色い枯れ葉を一パイにつけて立っております。
(中略)
治療場の入口は、東側の病室に近いところにただ一つ開いておりまして、便所への通路をかねておりますが、その入口板戸の横に切り開けられた小さな横長い穴から、黒い制服制帽の人相の悪い巨漢が、御覧のとおり朝から晩まで、冷たい眼付で場内を覗いているところを御覧になりますると、この四角い解放治療場の全体が、さながらに緑の波の中に据えられた巨大な魔術の箱みたように感じられましょう。
この魔術の箱の底に敷かれました白い砂が、一面に真青な空の光を受けて、キラキラと輝いております上を、黒い人影が、立ったり、座ったりして動いております。一人……二人……三人……四人……五人……六人……都合十人おります。

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Halley’s Comet

初めて親の付き添いなしで夜に出かけたのは、ハレー彗星が来た時だった。小学校の同級生10人くらいで近所の公園に出かけ、彗星らしき星を探した。ジャングルジムに登って、クラスメイトや先生たちのうわさ話などをしながら夜空を見上げていた。すぐ近所とはいえ、子どもだけの冒険をしているようでわくわくした。この時にハレー彗星を見たかどうかは全然覚えていない。ジャングルジムに座ったり立ったりしている、男の子や女の子の黒いシルエットしか覚えていない。

(子どもの時は『グーニーズ』や『スタンド・バイ・ミー』みたいに、子どもだけの冒険みたいなのに憧れていた。しかも今調べて分かったが、『グーニーズ』は1985年、『スタンド・バイ・ミー』は1986年で、まさにハレー彗星と同じ時期だ)

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“Good Child’s Christmas Party”

小学校1年生の時に「よい子のクリスマス・パーティー」という子ども向けレコードを親に買ってもらった。白いレコード盤で、クラウン少女合唱団が歌うクリスマスの定番ソングが16曲入っていた。私はそれをとても気に入っていて、小学生のあいだ、ずっとそれしか聴かなかった。クリスマス時期だけではなく一年中、夏でも「もろびとこぞりて」とか聴いていた。カセットテープに録音して、夜寝る前にベッドの中で「アヴェ・マリア」をウォークマンで聴いて、感極まって涙を流したりした。まだそのレコードを持ってます。

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A boy at the bookshop

とても雰囲気が良くて、何時間でもいられそうな本屋さんを見つけた。家族でやっているお店で、レジにお母さんと小学生の息子らしき男の子がいた。男の子は白いニット帽と青いジャージ姿で、お客さんに「480円です」とか「ありがとうございました」とか、澄んだ高い声で丁寧に言っていた。ちょっと、映画『アバウト・ア・ボーイ』に出てくる男の子みたいに、ふんわりして風変わりな空気感があって、その子の周りだけ妙に小粋で映画的というか、1950年代か60年代の子どもが主人公のフランス映画みたいだった。写真を撮って後でスケッチブックに描きたくてたまらなかったけど、きっと嫌がられると思い撮らなかった。本屋さんを出た後しばらくして同じ通りにあるパン屋さんの前を通ったら、その男の子がお使いに来ているのが窓ガラス越しに見えた。そこでも、その男の子の存在が店を映画的に、ドラマティックにしていた。(男の子だと思い込んでいたけど、今思うとショートカットの女の子だった可能性もある)

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Phone booth at the New York Public Library

『“美しい瞬間”を生きる』(向田麻衣/著)を読んでいて、この一文にときめいた。

「高校生のときに始めた遊びは、海外に行ったときに、美術館や、図書館、駅などに設置されている公衆電話の番号をメモし、日本に帰ってから夜な夜なかけてみるというものだった。これは大人になってからも続けている、秘密の遊び。」

私もこの遊びをしたい!と思った。これを読んで真っ先に思い付いたのは、ニューヨーク公共図書館の前の公衆電話にかけてみるということだった。なぜかは分からないけど、「秘密の遊び」という言葉に反応して、昔読んだ『クローディアの秘密』という児童文学を思い出したからかもしれない。女の子が弟と家出をして、メトロポリタン美術館に隠れ住み、ミケランジェロの彫刻のミステリーを解く、という話なんだけど、ニューヨークと本つながりでニューヨーク公共図書館。その図書館の前に公衆電話があるのかどうかは知らない。行ったことがないので。しかも、たしかニューヨークは何年か前に公衆電話を全て撤去したのではなかったっけ?(今検索したら、タイムズ・スクエアの近くにあった最後の電話ボックスを撤去、という2022年の記事が出てきた) なので、そこに電話をかけることはできないが、ニューヨーク公共図書館の“中”には電話ボックスがあるという。写真を見ると、ノワール映画に出てきそうな古い木製のブースで、トレンチコートの衿を立てた男が受話器を握り、正体不明の相手と取り引きしているみたいな感じ。ここに日本から夜な夜な電話してみたい(真夜中にかけると、向こうは午前中だ)。

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Phone booth in front of the Tower of London

ロンドン塔の前の公衆電話に日本から電話をかけてみたい。亡霊が受話器を取ったりして。その亡霊は首をはねられて処刑された人なんだけど、頭がないから、ただ風の音だけが聞こえてくる。テムズ川の上を通ってくる、冷たい風が。

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Ghosts

『イタリアの魔力』(島村菜津/著)には、イタリア各地の幽霊話も出てくるが、幽霊の本場のように言われているイギリスの幽霊と比べて、イタリアの幽霊はどうなのか。どちらの幽霊たちも、音を出したり、“その部屋”に入ると妙な気分になったり、切り落とされた自分の首を持って出てきたり、壁に奇怪な染みを作ったり……あまり違いはないように感じる。イタリアの幽霊が特に陽気だとか、そういうことはないみたい。

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The underground river of the Roman Empire

『イタリアの魔力』(島村菜津/著)の地下の話が好きだ。ローマのサン・クレメンテ教会の地下には、古代ローマの邸宅を再利用した地下の教会があり、その下にはさらに2世紀のミトラ教の神殿跡があり、時代が層のようになっているという。最下層の床に耳をあてると、勢いよく水が流れる音がする。古代ローマ帝国の都を流れていた川の水位に相当するそうで、その音を聞いた途端「産毛の逆立つような感動の波が押し寄せた。自分はいま、永遠の都のふところに抱かれているのだ、と感じた」と著者が書いているのには私も感動した。古代ローマの音をたった今現実に聞いていて、川の流れを通じた時間を超えるつながりというものに対しての感動。

ちなみに、著者の島村菜津さんには今年の夏、初めてちょっとだけお話しする機会があり、この本『イタリアの魔力』にサインをいただいた。長年の愛読書の著者にお会いでき、また本の語り口そのままのとっても気さくな方で、こちらも大感動だった。

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