『ドグラ・マグラ』夢野久作
それは五寸ぐらいの高さに積み重ねてある原稿紙の綴込で、かなり大勢の人が読んだものらしく、上の方の数枚は破れ穢れてボロボロになりかけている。硝子の破れ目から怪我をしないように、手を突込んで、注意して調べてみると、全部で五冊に別れていて、その第一頁ごとに赤インキの一頁大の亜剌比亜数字で、Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ、Ⅳ、Ⅴと番号が打ってある。その一番上の一冊の半分千切れた第一頁をめくってみると何かしら和歌みたようなものがノート式の赤インキ片仮名マジリで横書にしてある。
巻頭歌
胎児よ胎児よ何故躍る 母親の
心がわかっておそろしいのか
その次のページに黒インキのゴジック体で『ドグラ・マグラ』と標題が書いてあるが、作者の名前は無い。