Dogra Magra (5) (a novel by Kyusaku Yumeno in 1935)

『ドグラ・マグラ』夢野久作

若林博士は扉の外まで見送って来たが、途中でどこかへ行ってしまったようであった。扉の外は広い人造石の廊下で、私の部屋の扉と同じ色恰好をした扉が、左右に五つ宛、向い合って並んでいる。その廊下の突当りの薄暗い壁の凹みの中に、やはり私の部屋の窓と同じような鉄格子と鉄網で厳重に包まれた、人間の背丈ぐらいの柱時計が掛かっているが、多分これが、今朝早くの真夜中に……ブウンンンと唸って、私の眼を醒まさした時計であろう。どこから手を入れて螺旋をかけるのか解らないが、旧式な唐草模様の付いた、物々しい恰好の長針と短針が、六時四分を指し示しつつ、カックカックと巨大な真鍮の振子球を揺り動かしているのが、何だか、そんな刑罰を受けて、そんな事を繰り返させられている人間のように見えた。その時計に向って左側が私の部屋になっていて、扉の横に打ち付けられた、長さ一尺ばかりの白ペンキ塗の標札には、ゴジック式の黒い文字で「精、東、第一病棟」と小さく「第七号室」とその下に大きく書いてある。患者の名札は無い。
私は二人の看護婦に手を引かれるまにまに、その時計に背中を向けて歩き出した。

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