『ドグラ・マグラ』夢野久作(58)
◆第二参考 青黛山如月寺縁起(開山一行上人手記)
(中略)
かくて虹汀は六美女を伴ひて呉家に到り、家人と共に彼の乳母の亡骸を取り収め、自ら法事読経して固く他言を戒めつ。さて仏間に入りて人を遠ざけ、本尊弥勒仏の体中より彼の絵巻物を取り出し、畏敬礼拝を遂げつゝ披見するに、美人の五体の壊乱、膿滌せる様、只管に寒毛樹立するばかりなり。すなはち仏前に座定して精魂を鎮め、三昧に入る事十日余り、延宝二年十一月晦日の暁の一点といふに、忽然として眼を開きて曰く、凡夫の妄執を晴らすは念仏に若くは無し 南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏と声高らかに詠誦する事三遍にして、件の絵巻物を傍の火炉中に投じ、一片の煙と化し了んぬ。